内山 節 ライブラリ

『森へのまなざし』

『森へのまなざし』

日本で森林ボランティアの活動がはじまったのは、いまから半世紀ほど前のことだった。手入れされずに森が荒れているという認識が広がって、都市の市民が森の手入れに協力しようという活動である。

フィールドはほとんどが人工林で、林業技術を学びながらできることを考えるというかたちだった。おこなっていたことは、林業予備軍的な活動である。もちろん林業のプロからみれば、たいしたことはできなかったのだけれど。

そういうはじまりだから、森林ボランティアの技術指導は林業関係の人たちがおこなっていたし、学んでいくうちに林業を仕事にする人も生まれていった。

ところが最近ではずいぶん雰囲気が変わってきている。林業的な森の管理よりも、森自体に新しい価値を付与しようと考える人々がふえてきた。

背景には人工林の木が大きくなって、素人では間伐ができなくなったということもあった。ボランティアのなかにはチェーンソーの使用に習熟した人も生まれていたが、全体的にみればわずかな人でしかない。新植される森も少なくなり、下刈りなどをする森も減少した。しかし、そういう背景の変化がすべてではなかった。

日本では二十年くらい前から、既存の組織的な労働に可能性を感じない若者がふえていた。たとえば、就職の内定をえても、ホッとはしても暗い気持ちも抱く。そんな学生がふえていたのである。これからサラリーマンとしてつまらない日々がつづく。しかも以前のように安定した雇用が維持されるのかどうかもわからない。

そういう気持ちをもつ若者のなかからは、社会に貢献できる仕事をしたいという人がふえていく。就職も一生のこととして考えず、将来自分の力で社会的に有意義な仕事を創造するためのスキル獲得の場として位置づける。今日ではこういう若者が実に多くなった。

この空気の変化は、いろいろな人を生み出した。農業をはじめる人もいれば、地域づくりの努力をつづける人もいる。さらにこのような経路をたどって、森にフィールドをみつけだす人も生まれてきた。あえて分類すれば、環境教育の場として森を使う試みや、都市の人が楽しめる森をつくろうとする傾向が強い。

ところが環境教育や遊びの場と言い切れるかといえば、そうでもない。環境教育といっても森林の生態系や森の大事さを教えるというより、地域の人々と交流しながら、森のある生活の楽しさを感じとってもらう、それが森林の維持だけでなく地域振興にも役立っていく。そんな環境教育だったりする。もちろん「生徒」たちがしょっちゅう森に来るというわけにはいかないが、オンラインを組み合わせることによって地域の森とのつながりを維持していく。

何人かで森を購入し、会員制のキャンプ場をつくる人もいる。会員には森を整備する活動にも参加してもらい、地域の人々との交流の場も設ける。火を焚いてバーベキューをすることだけがキャンプではなく、森を守る持続的な活動や地域に貢献することをふくめてキャンプだというスタイルをつくろうとしているのである。オンラインで森や地域の様子を伝えていくこともできる。

森の近くにサテライトオフィスをつくる動きもあれば、さまざまな活動ができる森を紹介していく試みもある。共通しているのは、森に新しい価値を付けて、地域の人々が経済的にも森と関われる方法を見つけ出そうとしていることである。

とともに人々が森に感じるものもずいぶん変わってきた。もちろん二酸化炭素の吸収とか水源林の役割、循環的資源としての木材のもつ意味などのことは、前提的な知識として知っている。だが心が引かれていくのは、森のもつ文化的価値の方にある。かつて人々は、山は神や仏が暮らす場所だと感じていた。

山形の出羽三山に行けば、月山は死者の山である。死者が清浄な霊=魂となり、祖霊、神、仏となって存在する山が月山である。庄内地方の人々は、この月山を日々仰ぎ見ながら暮らしてきた。そこに山の文化があった。

近代化された社会では、価値を合理的にとらえられる価値だけに閉じ込めたのである。そしてこの合理的価値の代表はお金になった。企業は利益の拡大に奔走し、国家もGDPの増加に邁進する。だがそのことによって明るい未来が感じられていたのは高度成長期のことで、今日になるとこの路線がつまらない労働を強い、安心感のない未来をつくる原因になった。現在の若者たちには、こんなふうに感じられるのである。

今日ではずいぶん多くの人々が、大事なものだと思えるけれど客観的価値として顕せない非合理なものに魅力を感じるようになっている。そして、そういう価値を提供しているものとして、自然や山、森を感じるようになった。

底流では日本の社会は、ずいぶん大きく変化してきているのである。

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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第374回『森へのまなざし』より引用しています。
(2022年7月発行号掲載)
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