『多様性と力』
『多様性と力』
私の村の家がある群馬県は、地域ごとに独立性が強い県である。そもそも、地域によって自然条件が異なる。新潟との県境に近い北の地域は豪雪地帯で、ここには数多くのスキー場もある。ところが私の家がある上野村では、雪はほんの少ししか降らない。
今年などは、スタッドレスタイヤに履き替えなくても冬が越せたのではないかと思うほどである。ただし夜の気温はかなり低下するのだけれど、体感的には群馬県の中心都市がある高崎、前橋などの方が寒く感じる。その原因は赤城おろしなどの空っ風にあって、上野村は谷が深いから風が山の上を通過してしまって、谷底にまで降りてこないのである。
さらに群馬県でも館林市や板倉町のある東の方に行けば、ここは埼玉県との県境をもつ関東平野の地域で、冬も東京なみに暖かい。
群馬県は、地域によって気候が大きく異なる。さらに群馬の中央部などは、広い地域で土壌が火山灰に覆われている。長野との県境にある浅間山は、大噴火をすると溶岩も、さらに火山灰も群馬県側に流れてくるという性質をもっている。他にも赤城山や白根山などいくつもの火山が県内にはあって、群馬の中央部が火山灰に埋め尽くされた時代もあった。その結果これらの地域では広い水田をつくることができず、畑作地帯が広がることとなった。
群馬の伝統的な食文化は粉食文化で、伊香保温泉の近くでつくられている水沢うどんや桐生うどん、館林うどんは、群馬の三大うどんとして人々に好まれているだけでなく、今日でも何かあると家でうどんを打つ習慣が残っている。
群馬は古代から養蚕がさかんで山の斜面には桑畑が展開していたが、なぜ山に桑を植えたのかについてはふたつの説がある。ひとつは養蚕のためというものであるが、もうひとつは土砂の流出や山腹崩壊を防ぐものだったという説である。火山灰が堆積しているところは大雨が降ると土壌流出が起こりやすいし、それは山腹崩壊にもつながる。だから土止めとして桑を植えた。
桑は根が強く、山を安定させる力をもっている。いまでも群馬では、桑の根を抜くときには山崩れを起こさないか気をつけなければいけないという話が受け継がれている。こうして桑の山が生まれ、その桑を有効利用する方法として養蚕が広がっていった。それが第二の説である。
ところが東の板倉町にいけば、ここはかつては水郷地帯で舟が交通手段として多用された地域だった。打ち掛けを身にまとった花嫁は、舟に乗って夫の待つ家に向かった。
こういう地域だから、群馬の農業とか群馬の地域づくりとかいわれても、イメージがわかないのである。それぞれの地域の農業があり、それぞれの地域の地域づくりがある。今日的にいえば多様性ということになるが、群馬県はそもそも単一の論理で方針を出すことなど不可能な地域なのである。
もともとは林業でも同じことがいえたのだろう。江戸時代になると、群馬の地に上州林業が生まれてくる。ただしそれは、多摩川を利用した青梅林業や荒川を用いた西川林業のように人工林をつくる林業ではなく天然木を伐採し、利根川を流送させて江戸に運ぶ林業だった。現在でも群馬では、江戸時代に植えられたような高年齢の杉は、神社や寺の境内にでも行かなければほとんどみることはできない。
私の家のある上野村になると、この村を流れる利根川の支流、神流川の水量が細く、村のなかでは筏が組めなかったこともあって、ほとんど林業はおこなわれていなかった。上野村で林業がはじまるのは明治になってからである。山に天然の栗の木が多く、線路の枕木を確保するために栗の伐採と出荷がはじまった。戦後になって植林が推進されたが、いまでも上野村の森の七割は天然林である。
その地域の自然条件や歴史的な経緯を基盤にしておこなわれるのなら、林業もまたそれぞれの地域の林業として展開していたはずなのである。ところがこの分野では、明治時代に国有林が生まれ、国有林がリーダー的役割を果たすかたちで全国を網羅する森林管理の方法が広がっていった。
明治以降に日本の人口が増加し、都市も拡大されていったのだから、大量の木材が日本としては必要になったことは私も否定しない。人工林なら同じ規格の使いやすい木を、天然林材よりも短期間で、大量に生産できる。それは近代化をすすめる明治以降の日本としては必要なことであった。
だがそのことによって、森から地域性が失われたことも確かだった。私たちはどこにいっても同じような森をみるようになった。そして地域の人々も、自分たちの自然や文化圏のなかに森があるという感覚を減少させていった。
地域の人々の森離れと、森の地域離れが同時に起こっていった。私たちはこのような視点からも、持続性のある森、力のある森とは何なのかという問いに、今日では向き合わなければならなくなった。
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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第383回『多様性と力』より引用しています。
(2023年4月発行号掲載)
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