内山 節 ライブラリ

『林業の方法』

『林業の方法』

私の暮らす群馬県の上野村でも、最近は、若い林を目にする場所が本当に少なくなった。人工林も天然林も、深い森へとその姿を変えつつある。

深い森も若い森もあってこそ、全体としての森は健全だという気持ちをもっている私には、この状況は少し困った事態のようにみえるのだけれど、森林利用が低下している現状では、森はますます深くなっていくのだろう。

人間たちが人工林づくりをはじめる前は、森ははっきりしたふたつのゾーンに分かれていたことだろう。集落の近くには、採草地やマキを取る山があって、そこには草地や若い林がひろがっていた。そしてその奥には、深い森があった。

三十年ほど前の上野村の森は、そんな感じだった。一部には奥山にも若い人工林がつくられていたけれど、まだ奥地には深い天然林がいくらでもあった。そこは、たいていは国有林で、川を上流へと釣り上がっていくと、民有林と国有林の境を森の様子が教えてくれた 

今日では、その森も切りつくされている。跡地に植栽をしなかった所がほとんどだから、いまは雑木林になっている。上野村では、まとまって若い林がある場所になっている。といっても集中的な伐採を受けてから三十年近くがたつから、その雑木林も次第に木の太さを増しつつある。

最近では、これも林業のひとつのかたちではないかと思うようになった。もちろん、あまりにも広い面積をいっせいに伐採してしまったことには問題もある。だがその問題を棚上げにしておけば、このかたちの林業は、つねに採算が合う。

自然の力で木を育ててもらい、人間は太くなった木を収穫するだけなのだから、伐採や伐出に必要なコスト以上で木が売れるまで待っているだけである。たとえ次の伐採までに二、三百年がかかったとしても、採算が合わないことはない。

もしもこの伐採跡地にスギやヒノキを植栽していたとしたら、次の伐採までの期間はもっと短くなっていたことだろう。仮にその期間が百年であったとしたら、それは、百年かけて森が収穫可能なところにまで回復したことを意味する。伐採によって失われた森が回復し、人間たちの次の利用を可能にしたのである。

こんなふうに考えていくと、天然更新と人工林づくりとは、原理的には違いはないということになる。人間によって伐採された森を、前者は自然の力で回復し、後者は自然と人間との共同の力で回復しているだけなのだから。

すなわち、この視点に立てば、人工林づくりもまた森を回復させるための努力であり、努力をした分だけ、人間は、次の伐採期を早めに迎えたり、同じ樹種の木や高価格で売れる木を手にすることができる、と観ることができる。

ところで、私があらためてこのことにこだわるのは、私の気持ちのなかに、林業とは森があるところからはじまるのではないか、という思いがあるからである。はじめに収穫可能な森があって、それを伐採するところから林業ははじまる。だから、何百年かかけて、自然の力だけで伐採可能な状態に森がなるのを待てば、林業は採算が合う。

同じように、収穫した木の売却代金より少ないコストで人工林をつくることができれば、これもまた採算は合うことになる。両者の違いは、森の回復に人間の力を使うかどうか、つまりコストをかけるかどうかである。

これまでの林業の考え方は、木のないところからはじまっていた。だから、伐採可能なところまで人工林をつくりあげるために必要な資金を算定し、伐採時に十分な投資利回りをあげられるか、といったことが問題にされてきた。

この考え方は、私には、農業的な発想のように思える。農業と林業との決定的な違いは、収穫までの時間の相違で、だから通常一年以内に収穫を迎える農業は、投資に見合った経営計画をたてることができるが、林業では時間の長さがそれを不可能にしている。

もうひとつ、次のような問題がある。かつて、近代的世界が生まれる以前は、人間たちは、自然をあるがままにとらえていた。あるがままの自然を利用させてもらいながら、暮らしてきたのである。ところが近代、あるいはその前史としての近世に入ると、人間たちは自然を管理し、自然を大規模に改造することをめざしはじめる。自然をつくりかえることに、文明の発展をみいだした。

私には、この発想と結びついて、つくり変えはじめたところから、つまり山に植栽をはじめたときから、林業がはじまるという思い違いが生まれたような気がする。

森と人とが共に生きる社会にとっては、できあがった森を人間が利用させてもらい、その回復の方法を考える発想のほうが、私にはずっと自然なような気がするのである。

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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第171回『林業の方法』より引用しています。
(2005年7月発行号掲載)
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