『人口減少』

『人口減少』
平成の時代が終わり、日本はいよいよ人口減少社会に入ってきたと感じている。農山漁村や地方都市では、人口減少が目にみえるかたちで現れてきているし、大都市でもこの動きは忍び寄っている。令和の時代とは、人口減少に対応した社会形成ができるかどうかが問われることになるのだろう。
日本の人間たちは、江戸時代から、およそ四百年間にわたって人口が増えつづける時代を生きてきた。もちろんその過程でも、戦争や疫病の流行、飢饉などによって人口が減少したこともあったが、今日のように自然に減少が持続する歴史を経験したことは四百年間なかった。
ゆえに私たちは何となく、人口が増え、人間社会が拡大することを前提にして、いろいろなことを発想している。この精神の習慣が、令和の時代の壁として、社会の矛盾を高めていくことになるのだろう。
人口が減るとは、全体としての国内市場が縮小することでもある。たとえば現在の自動車普及率で推移するとすれば、人口が二割減れば国内自動車市場も二割減少する。それはあらゆるものにおよび、農産物も、木材も同じことになるだろう。
ところが、人口増加時代の精神をもっている私たちは、違うことを考える。魅力的な車をつくればもっと車は売れるかもしれないとか、安い車をつくれば、とか、あるいは輸出を増やせばとか、他社のシェアを奪えば自分のところは成長できる、とか。
だが、かつての途上国でもいろいろなものが生産されるようになった時代である。経済の国際競争は厳しくなるし、むしろ安い輸入品がどんどん入ってくるかもしれない。そういう国際環境の変化のなかで、日本は人口減少時代を迎えるのである。
さらに述べれば、人口が減少することは、一人あたりの社会的ストックが増加することを意味する。たとえば住宅は、人口増加時代はつねに不足気味であった。ところが人口が減れば、既存の住宅が余ってくる。一人あたりの住宅という社会的ストックが増大するのである。
住宅地や農地でも同じことだ。社会全体としては一人が使える住宅地の面積は増加するし、消費者一人あたりの農地面積も増加する。
つまりこういうことである。人口減少時代には、「こうすれば消費は拡大する」という考え方は、社会全体としては成立しないということである。
ところが一人あたりの社会的ストックは増加する。一人あたりの森林面積も増加するし、ストックとして存在する日本の伝統的文化財なども、一人あたりとしては増加することになる。こうして、フローの減少とストックの増加が同時に発生することになるだろう。
とすると人口減少時代の社会のあり方とは、ストックを価値として生きる社会なのだということになる。これまでの日本は、フローの増加を価値基準にして展開してきた。たとえば企業は、売り上げや利益率の増加をめざしつづけ、その利益は再投資に回されることが求められてきた。
しかもこの利益を投資に回して事業を拡大するという発想は、農林業にまで浸透していた。農業では規模拡大や六次産業化が求められ、林業でも、伐採による利益で再投資=再造林することが理想とされてきた。拡大造林がすすめられた時代もある。
それは森林をフローとして位置づける方法である。ただし森林では、この方法がすでに半世紀ほど昔からうまくいかなくなっていたのだが。
社会保障制度も同じだった。現役世代が保険料を払い、それを高齢者に回す。そういうフローの発想で成立していたのがこれまでの年金制度や健康保険制度である。これからは、このフロー型の社会保障制度も破綻していくだろう。とすると、ストック型の社会保障制度とはどのようなものなのか。この分野でも新しい想像力が求められることになる。
だが振り返ってみれば、早くから人口減少に見舞われていた農山村などでは、この転換が少しづつはじまっていたのである。たとえば農山村の社会保障制度は、共同体が存在することを前提にして成立している地域がよくある。
共同体という社会的ストックを活用したかたちである。フロー型の林業はうまくいっていないが、森林を地域ストックとして活用する試みがすすめられている村も生まれてきている。
フロー経済とは、つきつめれば、貨幣量の増大や貨幣の回転率の向上をめざす経済である。それに対して蓄積とともに展開する経済、質の高さをめざす経済がストック経済である。この転換を、私たちの社会は実現することができるのか。人口減少が進む令和の時代とは、そのことが問われているのかもしれない。
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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第337回『人口減少』より引用しています。
(2019年6月発行号掲載)
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