『山林修行』

『山林修行』
日本に仏教が伝来したのは、公式の仏教としては、538年のことだったとされている。もっとも538年は『元興寺文書』による説で、700年代前半に編纂された『日本書紀』では552年とされているが、538年説を支持する研究が圧倒的に多い。
ところが平安時代終盤につくられた歴史書『扶桑略記(ふそうりゃっき)』には、
522年に中国から渡来した司馬達等が奈良の郊外にお堂を造り、仏像を祀って礼拝していたという記述がある。これが事実だとすれば、公式仏教が伝来する以前から、渡来人たちが伝えた民間の仏教が存在していたということになる。
400年代の終盤か500年代は、多くの渡来人が日本に移住してきた時代だった。
百済、新羅といった朝鮮半島南部から来た人が多かったと思われるが、
半島北部や中国からも来ている。
その一部は豪族化し古代政権の一翼を担っていくようになったが、普通の庶民として
暮らしていく渡来人もまたいた。その人たちは祖国で身につけた信仰や精神文化を
もって渡来したはずで、とすれば民間の手で伝えられた仏教があったとしても
不思議ではない。
いま述べた司馬達等は民間人ではあるが、奈良では蘇我氏とのつながりを深めていった人である。蘇我馬子が飛鳥寺をつくったとき、馬子の娘とともに達等の娘も僧尼として飛鳥寺に入っているし、孫の鞍作止利は白鳳時代を代表する仏師になっている。
彼の作としては法隆寺の釈迦三尊像や飛鳥大仏が知られている。
司馬達等はそういう人だから記録に残ったのであろうが、記録に残らなかった人たちがもたらした仏教は、はるかに多く存在していたのではないかと想像できる。
日本では古代から、国が管理する公式仏教と、民間の手で伝えられた民衆仏教とが
生まれていたのである。
国家によって庇護された公式仏教は、寺を創り、仏教の思想体系を学ぶことに力を注いだ。そんな官僧の世界がつくられたといってもよい。それに対して民衆仏教は山に修行の場をつくり、それは山林修行と言われた。自然のなかに修行の場をつくり、里に下りて人々の願いに応えていく。
そういう人たちはときに聖(ひじり)と呼ばれ、またときには上人、行者、私度僧、優婆塞(うばそく)と呼ばれていた。私度僧、優婆塞とは正式な得度をしていない僧侶のことで、当時の僧侶は国家が任ずる公務員のようなものだから、民間の聖などが得度できるものではなく、民衆側の僧侶は、いわば勝手に僧侶となり、勝手に修業していたのである。
700年代に入った頃つくられた大宝律令のなかに僧尼令(そうにりょう)があるが、その中で朝廷は私度僧の禁止、山林修行の禁止、民衆への仏教の布教の禁止を打ち出している。だが、いずれも効果は発揮できなかったようである。山林を修行の場とする民衆仏教は、遥かに深く広がっていた。
600年代終盤には、朝廷は山林修行の代表的な人物になっていた役小角(えんのおづぬ)をとらえ、伊豆への流刑に処している。役小角は平安時代に入ると役行者と呼ばれるようになり、修験道の開祖と言われるようになっていく人物である。
人々にとっては自然、山林は聖なる世界だった。自然は神の世界でもあり、真理の世界である。だからその中で修行をすることによって、自然に導かれながら、真理を識る人間に生まれ変わることができる。そんな思いとともに展開していくのが、古代の民衆仏教であり、それは以前から存在していた日本の自然信仰と結びついたものでもあった。
自然というと、今日の私たちは山、川、森、海といった目に見える自然を思い浮かべる。ところが昔の人々は、目に見える自然は現象的世界だと考えていた。その奥に、現象としての自然を生みだしている根源的な世界があるのだ、と。そしてこの根源的な世界を自然(じねん)としてとらえた。
自然(じねん)は、訓で読めば「おのずからしかり」である。つまり、自然(しぜん)をつくりだしているものは、おのずからの関係だと人々は感じていた。雨が降って草木が育つのもおのずからの関係であり、その草木の実を食べた鳥や動物たちが種を運ぶのもおのずからの関係である。
一切の作為が介入せず、おのずからのままに結び合うきよらかな世界。そこに人々は
神の世界を、仏教が入ってくると仏の世界を、すなわち真理の世界を感じとった。
この真理の世界がつくりだした現象、それが目に見える自然(しぜん)だった。
だから、古代の民衆にとっては、仏教の修行の場は寺ではなく、自然の中だった。
自然(しぜん)をつくりだした自然(じねん)の関係の世界に入って修行をする。
そうすることによって、永遠の真理を発見する。
人間が自然の上に立つ西洋の思想とは違って、
日本では真理は自然の中に保存されていると考えられてきた。===============================================
写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第401回『山林修行』より引用しています。
(2024年10月発行号掲載)
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