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『今日の森林ボランティア』

『今日の森林ボランティア』

※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム「山里紀行」より
 第330回『今日の森林ボランティア』より引用しています。(2018年11月号掲載) 

統計をみると、この数年間に森林ボランティア団体の数は、わずかにではあるが減少傾向になっている。だが重要なのは、この統計の背後にあるものだといってもよい。

先月は鹿児島県の阿久根市にでかけた。阿久根の人々とは以前から付き合いがあったのだけれど、その人たちのなかから、最近になって里山整備を目的に活動するグループが生まれた。

阿久根は農村、山村、漁村、都市をすべてもっているような地域である。鹿児島の川内原発が二十キロ圏あたりにあり、地域には原発との関係をもつ人たちもいる。全体としては過疎化が進んでいく穏やかな田舎といった雰囲気が広がっている。

森林ボランティアは、もともとは都市の人たちの活動としてはじまった。一九七〇年代に、植栽した山への除草剤の使用を止めるために、「草刈り十字軍」がつくられたのがはじまりだった。

そのことに示されているように、環境問題を考える都市の人たちの活動としてはじまったのである。その後に、都市市民に森林問題を考えてもらうために、行政がひとつのイベントとして市民を集め、伐採跡地に苗木を植える動きも広がったが、二十年もすると活動の中心は間伐の推進へと移っていった。背景には、間伐の遅れが森を荒廃させているという認識の広がりがあった。

その頃には全国各地で、都市市民による森林ボランティア団体がつくられていったが、当時一番苦労したのは活動する場所の確保であった。森林所有者からすれば、森林で働いたことのない人々に手入れしてもらうことへのためらいもあったし、森林での作業はケガや、ときには死亡事故が起きかねないことも念頭に置いておかなければならない。森林所有者がためらうのも当然であった。

ところがこの問題を解決していったのも、一部の森林所有者たちだったのである。これからは市民の理解なしに林業をつづけることが困難になっていくと感じていた林業家のなかから、積極的に森を開放し、技術を教える人たちがでてきた。そういう森林ボランティアの技術はプロの林業家の技術を模倣したものになり、林業ボランティア的色彩が強くなっていった。

だが今日ではだいぶ変わってきている。活動も多様化し、昔の里山を取り戻そうとするグループや、竹林で活動する人たち、子どもたちを集めて環境教育的活動をするグループ、木材の利用に主眼を置いた活動など実にさまざまになっている。とともに、地域の森林をどのように維持し、活用していくのかを考えながら、最終的な目標を地域づくりに置く人たちもふえてきた。

この数年間くらいの間に、森林ボランティアの概念がぼやけてきたのである。地域づくりのグループが、それをすすめるために森も視野に入れて活動していたり、環境教育の団体が、自然と調和した生き方をするためにはどういう地域をつくるべきかを検討していたり。それが今日広がってきた傾向である。だから森林ボランティアという厳密なくくりだけで統計を取ると、団体数が減少してきたという結果がでたりする。

こういう変化のなかで、都市の人たちが森林ボランティアとして活動するというかたちだけではなく、地元の人たちがボランティア団体をつくる動きも広がりはじめた。阿久根のグループもそういう団体のひとつである。

さらに述べれば、この地元の人たちのなかに、新しい移住者が加わっているのも最近では珍しくないし、その地域とのつながりを大事にしている、少し離れた都市の人たちがメンバーとして参加しているのも、よくみかける光景になった。

流れとしては森林ボランティアから地域づくりボランティアへの変化があり、その構成メンバーに移住者や、その地域との結びつきを大事にする他地域の人たちが加わっているという変化がある。

森林ボランティアの活動が、これからの森林を考えるという視点から、森とともにあるこれからの地域を考えるという方向に変化しはじめたのである。

移住者とともにどのように地域をつくっていくのか、最近では関係人口という言葉を使う人たちもいるが、地域外の仲間とともにどうやって地域をつくっていったらよいのか。そういうことが視野に入るから、構成メンバーも多様性をもちはじめた。

阿久根の人たちからすれば、これからの農村地域の維持をどうはかっていかなければいけないのかも検討しなければならないし、駅前の再開発問題なども課題になっている。力を失っていく商店街をどう活性化したらよいのか。もちろん原発問題も課題になるし、そもそもこれからの地域や社会のあり方も考えていかなければいけない。

そういうこととの関係のなかで森林を考える。今日の森林ボランティアは、そういう方向性をみせはじめている。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム「山里紀行」より
 第330回『今日の森林ボランティア』より引用しています。(2018年11月号掲載)
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プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

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