内山 節 ライブラリ

『森とは何か』

『森とは何か』

森とは何かと聞かれたら、
多くの人々は木々の生い茂る景色を思い浮かべるだろう。

その森のなかには風が流れている。
鳥の声がきこえる。
足下には草がひろがっていて、よくみると虫たちの姿がみえる。
見上げると木々の間からは空がのぞいている。

確かにそれも森だ。
だがある人は言うかもしれない。
森をつくりだしているのは大地であり、土壌なのだと。

そう考えてみると森は大地から始まっている。
土のなかの小動物が暮らし、微生物が数え切れないほどいる世界。
そこには地下水の流れもあって、この大地に根を張りながら森は形成される。

しかし、さらにこんなふうに述べる人がいるかもしれない。
そもそも森が生まれる出発点には、地球に水が発生したことがあるのではないかと。
これもまたそのとおりだろう。

地球に水が蓄えられ、その水のなかに微生物が生まれて、
いつしか水のなかは生き物たちの王国になっていった。
その後陸上で暮らす微生物が誕生し、陸上生物が暮らせる基盤をつくっていった。
森はその上にできあがった。

だが、とするなら、
地球の誕生にまでさかのぼって考えてもよいということになる。
宇宙を漂っていた小惑星や塵、隕石などが集まって地球が誕生したとするなら、
そこに森が生まれる最初の出来事があったといえないこともない。
もっともそう考えるのなら、
太陽系の成立に入り口はあったといえないでもないし、
そもそも宇宙の誕生から森の歴史は始まっていると考えてもよさそうだ。

ところが別の人は言うだろう。
いまある森の大半は、自然と人間の関係がつくりだしたものだと。
人が森を利用することによって、森のかたちは少しずつ変わっていった。
人工林は人間がつくりだしていった森だ。
人間の活動が環境を悪化させ、
それが間接的に森に影響を与えることだってあるはずだ。

さらには人間たちに精神の安らぎなどを
与える場所が森だという視点も成り立つし、
貴重な資源として森をみることも、
人間社会を支えるさまざまな役割を果たしているものとして
森をみることもできる。

 

こんなふうに考えていくと、
森の概念は一筋縄ではいかないということがわかってくる。
誰もが森に同じものを感じているわけではない。

宇宙の誕生からの長い長い時間の先に森を感じとるのもひとつの見方だろう。
人の営みとの重なり合う世界に森があるというのも、また確かな見方だ。

漁民たちのなかには、森と川と海を一体的なものと
とらえる人たちがふえてきているし、
子供の教育という視点から森をみている人たちもまたいる。

はっきりしていることは、
森とは私たちの精神世界のなかで再構成された森だということである。

だから自然の歴史をとおして再構成された森の概念も存在しうるし、
人の営みという視点から再構成された森の概念も成立しうる。
資源としての森の概念も、安らぎや教育の場としての森の概念も、である。

哲学の視点から述べれば、十九世紀までの哲学は、
すべてのものを客観的で確かなものとして実在しているという立場をとってきた。
課題はそれを人間がどれだけ正しく認識できるかだった。

この視点から森について語れば、森は確かなものとして実在しており、
森の真実の姿を認識できるかどうかが人間の課題とされていたのである。
ところがこのような視点の哲学では、二十世紀に入ると少しずつ崩されていく。

その代わりに、すべてのものは認識者や行為者の介在があってこそ
存在するという視点が広がるようになった。
そしてこの変換を促した要素のひとつに、量子物理学の展開があった。
それが物質という概念を変えたのである。

客観的で揺るぎないものがどこかに存在するわけではない。
関わりがそれを存在させるのである。
とすれば森の概念も、森との関わりによって変わってくることになる。
そのようなかたちで再構成されたものとしてしか、あらゆるものは存在しない。

自然史的な関わりのなかからは、
自然史的に再構成された森が存在する。
人の営みとの関わりのなかからは、
人の営みとともに展開する森が存在する。
森の概念はさまざまであり、
森もまたさまざまに存在するのである。

とすると森を巡る混乱の原因のひとつは、
自分が関わるがゆえに存在する森が、唯一の森の真理だと
私たちが錯覚するところにあるのかもしれない。
そのことが森の多様な存在を、押さえ込んでいるのかもしれない。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第266回『森とは何か』より引用しています。
(2013年7月発行号掲載)
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