『変化の季節』
『変化の季節』
資本主義は不思議な構造をもっている。経営という観点からみれば、企業は利益の最大化をめざしている。つねに黒字化が目的であり、前年度よりも利益が拡大することによって市場からの評価をえる。
ところがそれだけを推し進めてしまうと、経営効率を高めることだけに振り回されて働いている人たちの労働意欲が低下し、長期的には利益が上がらない構造が生まれたりもする。利益拡大をすすめるためには人件費の削減がすすめられたりもするけれど、その結果今日のように非正規雇用が四割を超えるようになると市場が縮小し、それが資本主義にとってマイナス要因になったりもする。
つまり、資本主義の原理がフリーパスのように展開すると、かえって資本主義の衰退を招くのである。むしろ資本主義の原理を阻害するような要素が力をもっているときの方が、資本主義は活気をつくりだす。実際戦後の日本をみても、労働力不足が終身雇用制や年功型賃金を生み、毎年の賃上げに経営者が悩まされていたときの方が、日本の資本主義は力をもっていた。さらに公害問題や環境問題で市民的圧力が高まり、「余計な」技術開発や設備投資をせざるを得なくなったことが、企業活力をつくりだしていくことにもなった。
今日の農林業などをみても、似たようなことが展開している。たとえば経営的にもうまくいっている農民は、経営の前にその人のやりたい農業があり、それは多くの場合自分のロマンであったりする。経営より先に農業や農民としての思想、信条で動いている人の方が、経営的にもうまくいっていることが多いのである。
林業でもそんな感じがする。亡くなられた速水勉さんはひたすら森を美しくすることに力を注いでいた。従業員の人たちの暮らしや地域の人たちとの関わりにも心を配っていた。その姿勢が経営としての速水林業も支えている。
今日の時代は、経営のことばかりを考えるのが正しいかのような風潮に染まっている。しかしそれは経営の基盤をむしろ弱体化させているのではないだろうか。日本の経済をみても、経営者たちが必ずしも利益の増大に結びつかない理念を語っているときは強みをみせていた。ところがひたすら数字上の利益だけを追うようになると、むしろ弱体化してきたのである。
私たちの社会は自然と人間の社会である。だからとりわけ一次産業では、自然の力を最大限借りることができるような営みをつづけていかなければいけないし、人間たちの活力が最大限発揮されるような社会をつくっていかなければいけない。そしてこのふたつのことが資本主義の原理と矛盾する。資本主義にとっては自然も人間も利益を上げるための道具にすぎない。だからこの路線を突き進んでしまうと、自然の力を借りることができないシステムが生まれたり、人間たちが労働意欲や参加意欲を失ってしまう構造が発生して、そのことが資本主義の基盤をも衰弱させてしまう。
上野村では三月に入ると釣りが解禁になる。釣り人にとっての一年がはじまった。今年は二月には梅の花が咲いたから、その点では春の訪れがひと月早い。フキノトウが芽を出し、福寿草も花をつけている。そろそろ鳥たちも春の鳴き声を回復していくだろう。雑木の山は赤みを増してきていて、芽吹きの準備が進んでいるようだ。例年どおりなら四月の二十日頃には桜が咲き、村の景色は次第に春から夏へと向かっていくだろう。
そんな雰囲気を楽しみながら、村の暮らしは展開していく。経営という論理とはまったく違うものに支えられて、村人はここで暮らす価値を自分たちのものにしていくのである。
自然は経営とは無縁な世界を生きている。そして人間たちもまた、経営ではない部分で生きる世界をつくりだしているのである。
もちろん人間にとっては経営的な帳尻あわせも必要ではある。だがそれは自分たちの生きる世界をつくりだすための道具であって、目的ではない。この関係を見誤ってしまうと、利益の追求だけが自己目的化され、資本主義の原理が暴走してしまうことになる。それは多少のタイムラグを置いて、資本主義の活力をも衰弱させることになる。
もっとも最近ではそのことに気づいている人たちも多くなってきた。それが新しいソーシャル・ビジネス型の創業ブームや、風土と結んだ暮らしの再創造ブームを生んでいる。経営の前に自分たちの生きる世界があるのだということを、行動として実現しようとする人々がよく目につくようになってきた。
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第299回『変化の季節』より引用しています。
(2016年4月発行号掲載)
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