内山 節 ライブラリ

『地域の胎動』

 最近では過疎地帯といわれる地域にいくと、元気な人たちにであうことが多くなってきた。若者たちがグループをつくり、自分たちでできる地域づくりをすすめている。この動きに加わっていく中年、高年の人たちも結構いる。

 考えてみれば当たり前で、いま過疎地域で暮らしている若者たちは長男だから残れといわれた人はほとんどいなくて、その地域が好きだから帰ってきた。ほとんどの人が進学や就職で一度は都会に出ていて、いまでも都会とのつながりももちながら暮らしている。もちろんインターネットなども利用しているし、海外の農村などに勉強にいった経験をもつ人も多い。そういう経験をもちながらもその地域が好きだから戻ってきた。

 それはいまではどの地域にもいる移住者にもいえることであって、彼らのいろいろな経験がその地域を選択させた。だからその地域を大事にしようとするし、行動的でもある。

 気がついてみると都会の生活の方が、いまではずっと閉鎖的になっているケースもある。家と勤務先とコンビニと外食店を回るだけで暮らしている人も多いし、ときどき困ってしまうのはパソコンを使えない人が都会には案外多いことである。私はパソコンなど使わない暮らしの方が文化的だと思っているのだけれど、実際の連絡などではやはり不便だ。

 パソコンを使わない代わりに、自分の行動力でパソコンではえられない世界を手に入れているというのならそれでもよいのだけれど、都会のパソコンを使わない人たちは狭い世界に閉じこもっている人が多いから、外部とのつながりが弱くなっていたりする。都市は閉鎖的な暮らしを可能にする空間で、ところが地域になればなるほど、そんなことは言っていられない。自然とも、地域の人たちとも、さらには地域の外の人たちともコミュニケーションを図っていかなければ、自分が生きる世界自体を確保できない。

 

 かつては閉鎖的な農山村、開放的な都市という構図でいろいろなことが語られていたけれど、今日の現実をみるとそれは逆になっている。農山村は地域を維持していくためにも広い世界と結びつかなければならなくなっているし、そういう力のある若者たちがいま農山漁村に戻り、あるいは移住してきている。そして思い思いの方法で地域づくりに加わっている。

 過疎化がすすんでいるということは、別の角度からみれば利用可能なフロンティアが広がっているということだ。それは農地などだけではない。シャッターを閉めた店は、それを利用することができれば、便利な場所に格安物件があるということでもある。つまり、ここには可能性に満ちたフロンティアが広がっているということを、過疎地にみいだせるかどうかなのである。そしてそれを発見した人たちがいま農山漁村で暮らしはじめている。

 だから過疎地で若者たちがつくる仕事も、一次産業ばかりではなくなってきた。デザイン系の仕事をする人が結構ふえてきているけれど、さまざまな分野の新しい創業が生じてきている。都会的な煩わしさから逃れ、自然や地域の歴史と結ばれることが想像力や創造力を高めると感じている人が多くなった。

 

 いま国が提示している「地方創生」は、おそらく失敗に終わるだろう。これまでの国と地方の関係や戦後的な経済発展の考え方が地方を衰退させたのに、同じ方法を踏襲しての地方活性化などできるはずはない。可能性は地域に価値をみいだしている人々の動きの方にある。

 ただし、次のようなことは確認しておかなければならない。かつては農山漁村にも資産家といわれる人びとがいた。代々の資産家だけでなく、ときに材木で大きな利益を上げた人や仲買で儲けた人などもいた。その人たちのなかから、自分がリスクを背負うかたちで新しい産業投資をする人が生まれたものだった。それが地域の力を高めたのである。

 ところがいまではそういう人たちがいなくなった。ある意味では社会の平準化がすすんだのだけれど、リスクを背負える人がいなくなってしまったのである。ところが地域を維持していくためには新しい産業づくりも必要だし、そのための投資が求められることもある。このことについては、現状では、ふたつの方法しかない。

 ひとつはかつての地域の資産家の役割を行政が担うこと、もうひとつは地域を越えた人々が資金を提供することである。前者では行政がそういう自覚をもっているのかが問われるし、後者では農山漁村を支え、そこと結びつきながら暮らす都市の人たちの形成が必要になる。おそらくこれからは、そういう意識をもっている行政や投資に協力する人たちのネットワーク力をもっている地域ともたない地域との差が広がっていく。そんな時代に向かっていくのだろうと私は思っている。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第293回『地域の胎動』より引用しています。
(2015年10月発行号掲載)
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