内山 節 ライブラリ

『田舎』

 

 今日の地方とか農村という言葉には、ある種の暗さが伴っている。その理由は地方や農村の人たち自身、とりわけ行政が、自分たちの地域を大事なものが不足している場所として説明してきたからだろう。

若者がいない。跡取りがいない。雇用場所がない。経済的基盤が弱い。高齢化で継承性が失われている。農地も山も守り手がいない。聞こえてくるのはそんな話ばかりだ。

 そういう話ばかりでてくるのは、地方や農山村の苦境を説明することによって、国からの支援を引き出そうとする戦後型の発想から抜け出ていないからであろう。だがいまではそのような「語り」が、地方や農村の苦境を大きくしてしまっているような気がする。なぜなら次第に滅びゆく場所というイメージを、すっかり定着させてしまったからである。

「農業や林業の担い手は高齢者しかいないんでしょ。だったら企業に進出してもらうしかないじゃない。」

 都市の一般的な人たちは、今日ではこんなふうに思っている。森林についていえば、日本の森は手入れができない荒廃森林ばかりだというイメージが定着してしまった。地方や農山村で暮らす価値を語ることなく、その厳しさだけを説明しているうちに、地方や農山村を可能性のない場所としてとらえる認識が広がってしまったのである。

 そんなこともあるからなのだろうか、最近では地方や農山村という言葉よりも、「田舎」という言葉を使う人たちが一方ではふえてきた。地方や農山村での暮らしに関心をもつ人たちにとっては、そこは苦しい地域ではなく、都市では手に入らない生活を可能にする、希望ある田舎なのである。

 田舎という概念は曖昧だ。東京を基準にすれば地方の大都市も田舎かもしれないし、田舎の入り口がどこにあるのかはよくわからない。かつては遅れた地域という意味で田舎という言葉が使われてもきた。

 ところが「田舎暮らし」という言葉が、魅力的な暮らしという意味を付与して用いられているように、今日では、田舎を人間的な暮らしができる場所と感じている人たちがふえてきた。若者たちのなかでは「田舎で暮らしたい」という人はいくらでもいるようになったが、「地方で暮らしたい」とか「農村で暮らしたい」という人には、ほとんど出会うことができない。私自身も「山村で暮らしているのですか」などと聞かれることは少なくなった。そういうときは、「田舎で暮らしているのですか」と聞かれる。

 農村からは農村経済とか農村社会という言葉がでてくる。そこから連想されるものは、経済的苦境であり、持続性を失った社会である。なぜなら農村の人たち自身が、そのことばかりを語りつづけてきたのだから。

 ところが田舎という言葉からは、田舎経済などという言葉は連想されない。かつては軽蔑的な意味で田舎社会という言葉もあったが、そんな言葉を使うのはいまでは一部の都会の高齢者くらいだ。今日の若者たちにとっては、田舎はそれ自体が社会であり、古いものを保存している社会、自然や人間との結びつきが価値をもっている社会、技や文化が日々の暮らしのなかに存在している社会なのである。簡単に述べれば、都市が失ったものをもっている社会、それが田舎なのである。

そんな感覚が田舎という言葉を使う人たちをふやしているのだろう。

 私自身も最近では、誇り高き田舎をつくりたいと思っている。田舎がもっているさまざまな価値に自信をもてる、そんな田舎をつくりたいと。そして実際その担い手は、田舎にはいくらでもいる。補助金などを取ってくることが仕事だと考える行政が、地方や農山村をおとしめたということを、笑い話にしていけるような田舎をつくりたい。

 実際、人が人として生きようとするなら、大都市より田舎の方が可能性があるといってもよい。世界の経済構造が変わりつつある以上、経済発展を支えとして形成されてきた都市は、これからもますます厳しい社会へと移行していくだろう。日本でもっとも出生率が低いのは東京だけれども、それは東京の自由さというより、子育てができない環境が東京にあることを示している。格差社会としての東京も深刻になってきた。土のない社会がこれからどうなっていくのかも問題になっていくだろう。大都市は表面的な華々しさの陰で、いろいろなものを失ってきたのである。

 そして、だからこそ田舎という言葉が輝きはじめた。大事なものが残っている場所として、である。ただしそこは、これまで語られてきたような地方でも農山村でもないのである。

 

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写真:石井 春花(森づくりフォーラム)
※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第281回『田舎』より引用しています。(2014年10月発行号掲載)
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