内山 節 ライブラリ

『栄村の復興』

 長野県の栄村は、東日本大震災の翌日に起きた直下型の地震で、大きな被害を受けた村である。多くの家が倒壊し、田畑の亀裂が入って水をためられない水田などが続出した。孤立した村の人たちはヘリコプターで救出されている。ところが大きな被害が出ていたにもかからわらず、東日本大震災と原発事故の陰に隠れて、人々の注視する災害でもなかった。

 この辺りは豪雪地帯だから、地震のあった3月12日はまだ雪も深く、その後に雪が溶けるに従って被害の大きさがわかるという一面ももっていた。田畑の被害などはその代表で雪が溶けてみたら大きな亀裂が入っていることがわかったとか、家屋でも土台がみえるようになってはじめて倒壊状態になっていることに気づく、そんなことが続出した。

 かつて私は何度かこの村を訪れたことがあった。栄村でも奥地になる秋山郷は江戸後期に鈴木牧之が書いた『北越雪譜』や『秋山紀行』で知られた土地で、そこは文明から隔絶された土地のように書かれていた。実際には都市部との交流もあったらしいが、山間の独立文化圏のような場所である。

栄村では伝統的な共同体が機能していて、今日までそれを基盤にした村づくりがすすめられていた。いつだったかこの村を訪れたときは、農地の基盤整備事業が進められていた。

 小さな水田を統合して新しい区画に整備していく事業である。この事業は全国で展開されたが圃場整備の弊害も存在していた。整備代が高く、国の補助を受けても一軒あたりの負担額が大きいとか、表面近くにある肥沃な土が埋め込まれてしまうとか、必要以上に広い農道をとるために農地が狭くなってしまうとか、いろいろな問題が発生していた。栄村は国からの補助金を返上した。

 といっても高齢化していく村で農業を維持するにはある程度の機械化も必要で、補助金を受けずに自分たちで圃場整備をする道を選んだのである。役場が小型のショベルカーなどを購入し、役場職員が運転手になって集落の人たちと一緒に農地整備を進めていく。そうすることで集落の人たちの知恵を最大限取り入れた整備を進めることにした。費用はすべて自分たちの負担だったが、集落総出で進めた結果、国の補助を受けるより少ない負担で整備をおこなうことができた。

 私が訪れた別のときには、村では介護事業の準備がすすんでいた。介護保険ができたとき、この村はこの保険のあり方に疑問をもった。何かあればお互いに助け合い、支え合う風土が村にはある。多少の介護くらいが村の共同体がおこなってきたのである。ところが介護保険制度ができてしまうと介護が専門職化されて、村の助け合う風土を侵食してしまうかもしれない。

そう感じた栄村がとった方針は、村人をすべてヘルパーにしてしまうことだった。全員がヘルパーならいままでどおり隣近所で支え合って、保険による収入もみんなに行き渡るようにすればよい。このかたちを村は「下駄履きヘルパー制度」と呼んで、ヘルパーの資格をみんなが取れるように講習会を開催したりしていた。

 栄村はそんな村だったのである。だから未曾有の地震被害があっても、集落は団結して復興に立ち上がった。中越地震で大被害を受けた旧山古志村の人たちのところに行って教訓を教えてもらい、ボランティアの人たちの協力ももらいながら、自主的再建がこうしてはじまった。

 昨年の晩秋の頃に私がこの村を訪れたときには、最も被害が大きかった集落でも村は見事なほどに再建されていた。倒壊した家は建て直され、二軒長屋のような隣と協力し合って暮らす家もつくられていた。水田に入った亀裂も修復され、村は昔の姿を取り戻していた。村人の表情も明るく、自信がみなぎっていた。これほどの被害も乗り越えられたのだ。とすれば村はこれからも大丈夫なはずだ。少々の苦しさくらいはきっと乗り越えていける。そんな雰囲気が村には漂っていた。

 これからの課題は、自然や伝統的に蓄積されてきた技や文化、共同体の強さなどをいかした新しい仕事づくりだ、と村の青年たちは言う。農業的にはコメの単作地帯で、それはこれからもつづけていく。しかし農地は決して広くないから、TPPによって米の自由化が進めば経営的にはいっそう苦しくなる。だから農地を守りながら新しい仕事をつくっていく必要がある。そのためには都市と人々との協力関係をつくっていくことも重要だろう。私もささやかな協力くらいはしていくことにしよう。

 時代に流されずに伝統的な共同体を守ってきた力が、復興のなかでも、これからの村づくりへの意欲のなかでも働いている。

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写真:中沢 和彦(森づくりフォーラム)
※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第272回『栄村の復興』より引用しています。(2014年2月発行号掲載)
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