『農山村の多様性』
『農山村の多様性』
二十一世紀に入った頃には、フランスの農山村の人口のおよそ三分の二が、都市からの移住者になっていた。フランスでは一九七〇年代くらいから都市から農山村へという人口移動がはじまり、八〇年代以降はそれが大きなうねりになっていた。
といっても、移住先で農業をしている人はほとんどいない。大きな理由のひとつは、空いている農地がないというところにもあるのだけれど、移住者もまた自分の生活圏として農山村を選んでいる人が多いのである。もちろんほとんどの人は、家庭菜園的な農業はしている。そのほとんどは十坪、二十坪という狭いもので、ここで自分たちが食べる野菜をつくっている。家の近くで山菜を採り、茸を探しに行くこともある。近くに川があれば釣りをする人もいるし、そんな感じで農山村的暮らしを楽しんでいるのである。
移住者をふくめて村人にとって最も重要なことは、地域のボランティア活動に加わることだ。フランスには三万を超える自治体があり、農山村に行くと、百人とか二百人といった小さな自治体もたくさんある。むしろそれが普通だといった方がいい。そういうところでは、自治体の仕事は住民がボランティア団体をつくって請け負いながらすすめられているから、ボランティア活動が地域維持にとってきわめて重要なのである。
移住者たちの半分くらいは年金生活者だけれど、現役世代の人たちもたくさんいる。その人たちは近くの都市に通勤している人が多く、いわば都市で働き村で暮らすというスタイルなのである。農山村に仕事がなく、自分で仕事をつくるタイプの人もほとんどいないことは、フランス社会の弱点でもあるのだが、そういう村々の様子をみていると、農山村への移住者も多様化してきているのだということには気づかざるをえない。多様化しているからこそ、多くの人たちが移住してきたのである。
考えてみれば、私の村、上野村は、人口千二百人のところ二百六十人を超える移住者がいるけれど、農家として農業をしている人は一人しかいない。他に森林組合の作業チームに入って林業関係の仕事をしている人が二十五人ほどいる。この数を農林人口だと考えれば、その割合はけっして多くないのである。
上野村には、第三セクターで経営されている大規模な椎茸を生産する企業があって、ここでは六十五人くらいの人が働いている。その三分の二くらいも移住者だから、この人たちも一次産業従事者といえないこともないけど、農業者ではなく勤めている人といった方が実態に合っている。
他にも村の観光部門で働いている人や役場、農協で働く人、木工職人として独立している人など、上野村の移住者も仕事は多様である。働く場所は村内だという点では、フランスとは異なっているが。
この上野村の移住者たちが村に来た動機もさまざまで、けっこう多いのは子育てによい環境を求めて移住してきた人々である。こういう多様性は、今日では全国的に広がっていて、日本でもどこにいっても移住者がいる時代に入っているが、農業をめざして農山村に移住する人は現在では少なくなっている。
それよりも、農的生活とか農村的生活を求めて移住した人の方がはるかに多い。農的生活とは収入源を農業に求めるのではなく、農地のある生活をするということである。他の仕事で収入を確保し、食卓に上げ、友人に贈る程度の農業を楽しむ。人によっては大豆を作って、味噌や醤油造りを楽しんでいる人もいる。先月、北海道で学生さんたちと討論会をしていたら、牛とともに働く仕事がしたいけど、農家的暮らしはしたくないという人もいた。
農的暮らしや農山村での暮らしが望みなのか、逆に、農業や畜産が目的だけれど農家的暮らしは望まないのか。今日ではそういうさまざまな人がいて、農業や農山村に対する新たな関心が生みだされている。
フランスでは農山村に移住したけれど、農家としては暮らしていない人がほとんどだ。そういう人たちの登場が、農山村を過疎化の時代から脱出させた。そして日本でも、農村イコール農業でもないし、山村イコール林業でもないとらえ方をする人たちが移住しはじめている。
この現実をみて気づくのは、農山村の可能性である。多様な目的や希望を抱く人たちを吸収しうるということは、それだけの力が農山村という場にはあるということである。そういう力があるとすれば、そこにこそ農山村の可能性が広がっているのかもしれない。
そういえば私は各地でこんな言葉をよく耳にした。
「都市で暮らすことに希望を持たなくなった人間には、農村や山村、漁村、田舎と小さな町が、新しい生き方をつくれるフロンティアとして映っている」
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第336回『農山村の多様性』より引用しています。
(2019年5月発行号掲載)
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