『つながる世界』
年末には恒例になっている二日間で百臼をこえる餅つきをおこない、
少し疲れた目で正月の森をみている。
このところ毎年、こんな新年を迎えているような気がする。
冬の森はいい。葉を落とした樹々は風にゆられることもなく立ちつづけている。
その間から鳥たちの動きだけが伝わってくる。
村人たちもそれぞれの家にこもっていて、人も森も、山も川も、すべてが同じように
冬のなかにいる。
そういう景色をみていると、冬には冬のつながりのなかで生きている
という気がしてくる。
それは東京にいるときは感じることのない感覚で、
自然も人間も冬のつながる世界のなかで、いま呼吸をしているというようなものである。
一人でいても一人であるような気がしない。
森があり、作物のない冬の畑があり、家がみえていて、
それらのすべてが冬という時空の中で結ばれている。
この結ばれた世界に包まれて私がいるのだから、
一人ではないのである。
かつて日本の人々は、たえずこんな感覚をいだきながら
暮らしていたのではないかと思う。
すべてはつながり合っている、という感覚のなかで、である。
そしてそこに日本の信仰もあった。それはつながっていく世界に対する信仰である。
たとえばキリスト教は神を信仰する。その神は自分の外にいる絶対的他者である。
だが日本の伝統的な民衆信仰は、そういうものではなかった。
それは、つながりへの信仰だった。
つながりのなかに、絶対的正しさをみいだす信仰である。
絶対的に正しいつながり、このつながりが私たちの前に姿をあらわす。
それが自然であり、神であり、仏であった。
日本の神仏は絶対的他者ではなく、正しいつながりが神仏の姿をとって、
私たちの前に現れてきたものだと私は思っている。
大日如来は全自然的つながり、即ち宇宙的つながりを現した仏である。
阿弥陀如来は極楽浄土と人間とのつながりを示す仏である。
弁財天は川=水のつながりを現し、同時に音楽や芸能が永遠の世界と
どう結んでいるのか伝える仏である。
人々は仏教の仏をもこのように理解した。
みえない本質が何らかのかたちをつくって現れてくる。
大乗仏教はこのことを権現と言ったが、
仏教を介して日本に定着したもののひとつは、この権現思想であった。
本質や真理はみえないものであり、そのみえないものを伝えようとして、神仏が現れる。神仏は本質や真理の化身であって、絶対的他者ではない。
そして、だからこそ日本には、自然信仰やそのひとつのかたちである
山岳信仰がひろがったのである。
自然の本質は自然のつながりのなかにあり、
このつながりが姿を現したものが自然であり、山であり、川であり、滝であった。
さらに岩であり、森であった。
「自然」は明治以前の日本では「ジネン」と発音し、
「おのずから」という副詞、形容詞的な意味で使うのが普通だったが、
人々は「おのずから」なるつながりのなかに自然の本質をみたのである。
「おのずから」なるつながりとは、作為的なこと、人為的なことがなされていないこと、自然なままであることを意味する。
それは虚為のないつながりの世界である。
人々はこの世界に暮らすことを理想とし、この世界に絶対的真理があると感じた。
日本の伝統的な民衆信仰は、この精神を土台にしている。
だから「おのずから」のままなる自然に手を合わせ、
その権現である神仏に頭を下げた。
そして欲望をもち、「おのずから」のままに生きられない人間に
悲しき存在を感じとった。
自然や神仏によって救い出してもらうしかない自分たちを、である。
上野村にいると、こんな昔の人たちの感覚が何となくわかる。
自然や人間のつながりのなかで自分が生きていて、にもかかわらず人間は、
その自然的なつながりを破壊しながら生きているのかもしれない、
ということが、なんとなく諒解できるものになってくる。
とすると、森もまた森としてのみ、みてはいけないのだろう。
森はどんなつながりのなかにあるのか、
森と人の「おのずから」なるつながりとは何なのか。
そのつながりは、いま無事なのか。それともこわれているのか。
真理を体現しているつながりへの信仰はかつての人々のものだ。
ところが面白いことに、この精神はどこかに残っている。
だから今日ではつながりをつくり直そうという動きがさかんになってきた。
人間同士のつながり、地域のつながり、自然とのつながり。
今日では日本中どこに行っても、そういう言葉を聞くことができる。
そして私はそのことのなかに、ひたすら近代化をすすめてきた時代の終わりと、
これからの可能性を感じている。
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
「山里紀行」より第237回『つながる世界』より引用しています。
(2011年2月発行号掲載)
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