森づくりフォーラム・ニュース

2021年10月6日

『針広混交林とはどんな森林か』横井 秀一インタビュー

ベータ版を公開している「人工林の多様性を高める森づくり事例ガイド」より
「第2章 人工林の多様性を高めるために、知っておきたい森林生態に関する知見」の
下記記事をご紹介いたします。

『針広混交林とはどんな森林か』

造林技術研究所代表/森林文化アカデミー特任教授 横井 秀一

■針広混交林とはどのような森林を指すのでしょうか。

 針広混交林とは森林の最上層である林冠層で、針葉樹と広葉樹とが混ざり合っている森林と定義されています。

■天然林における針広混交林は、どのような環境条件で成立しているのでしょうか。

 まず、天然林という言葉ですが、これは使われる場面によって定義が異なります。広い意味での天然林は、苗を植栽するなどしてつくった人工林以外の森林を言います。すなわち天然更新でできた森林ということです。その多くは、伐採後に成立した二次林で、これを天然生林と言います。ここでは、とくに断らない限り、広い意味での天然林を天然林と呼ぶことにします。

 写真は北海道の天然林です。北海道は緯度が高く気温が低いので、平地でも冷温帯の気候になります。その平地から山岳地帯にかけて針広混交林が分布するのですが、これは冷温帯の落葉広葉樹林帯と、亜寒帯の常緑針葉樹林との移行帯に位置づけられる針広混交林だと考えられています。この混交林には、トドマツやエゾマツに色々な広葉樹が混ざって生えています。

写真① 「北海道のトドマツ・広葉樹混交林」 北海道には、針広混交林が広がる。

写真② 「北海道のトドマツ・広葉樹混交林の林内(東京大学富良野演習林)」          林床にササが優占すると、階層構造は発達しにくい。この林分は択伐林だが、           ササのために、更新状況は不良。

 写真は、本州のモミと広葉樹の混交林です。これは中間温帯といわれる暖温帯と冷温帯の中間にあたる帯状の気候ゾーンで成立しています。宮城県の仙台市周辺や、岐阜県の下呂市や郡上市といった地域が該当します。

写真③ 「モミ・広葉樹混交林(岐阜県下呂市)」                            中間温帯には、尾根筋にモミやツガ、斜面に落葉広葉樹が生育する混交林が成立する。

 中間温帯では、夏の温度は十分なのですが、冬の寒さに耐えられないために常緑広葉樹が育ちません。こうした中間温帯の天然林では、落葉広葉樹にモミ・ツガといった針葉樹が混交しています。

■天然林における針広混交林は、日本国内に多く存在していますか。

 さきほど見たように、針広混交の天然林も存在します。しかし、北海道を除いて、その面積は大きくありません。本州などの亜高山の天然林は針葉樹が中心、それより暖かい場所の天然林は広葉樹が中心となっています。

 写真は秋田のスギの天然林です。一度皆伐された後に成立したと考えられるので、タイプとしては天然生林となります。秋田はこのようなスギの天然生林が何箇所かに残っています。

 長野県から岐阜県にかけての木曽・裏木曽地方では、ヒノキの天然林が分布しています。このヒノキ林も皆伐後に成立した天然生林となります。秋田や木曽・裏木曽といった地域では、有用樹種であるスギやヒノキを育てるために、それらと一緒に育つ広葉樹を排除してきたと考えられます。

写真④ 「秋田のスギ天然林(上大内沢)」
林齢 300 年ほどか。皆伐後に天然更新した天然生林。トチノキなどが混ざるが、最上層はスギ。        したがって、針広混交林というよりは、階層構造がよく発達した森林と見る方が妥当。

■なぜ、日本では天然の針広混交林が減少したの でしょうか。

 元々、日本列島には、今よりは多くの天然の針葉樹が存在していたと思います。写真は台湾(阿里山)の混交林ですが、近畿地方ではこうした常緑広葉樹林に頭一つ、二つ飛び抜ける形でスギ・ヒノキの大径木が混じっている針広混交林が広く成立していたと考えられています。

 奈良時代以降、京都や奈良で数多くの木造建築物が建造されました。この建築材の需要があったため、針広混交林の中から加工しやすく、長い材を得やすい針葉樹が伐り尽くされました。針葉樹は種子源となる母樹がなくなり、広葉樹だけが更新し続けた結果、天然林が広葉樹林となったのだと考えられます。

 近畿地方をはじめとする天然林からの選択的な採取が行われた地域では、針葉樹が伐り尽くされたことで広葉樹のみの天然林が分布するようになり、一方で秋田や木曽・裏木曽では、発達途中の混交林の中から広葉樹を除去したことで、針葉樹の天然林が分布しているのです。必要なものを取り尽くしてしまったか、いらないものを排除してきた結果、針広混交林ではなくなったのです。

 一部の地域で、人為が加えられる前の針広混交林の片鱗が見られる天然林もありますが、広く景観的に針広混交林として見られるところは少なくなっています。

写真⑤ 「台湾(阿里山)の針広混交林」 広葉樹は、常緑広葉樹が主体。              日本の近畿地方などにも、かつてはこのような景観の森林が存在したと考えられる。

■人工林が造成された後に針広混交林となった森林は、どのような環境条件で成立しているのでしょうか。

 写真は、スギ・カラマツの針葉樹と広葉樹が混じった針広混交林です。元々はスギ・カラマツの造林地でしたが、冬季の積雪による圧力が原因で、スギやカラマツが被害を受け、ちゃんと育ちませんでした。植えた木が育たなかった空間には、それを埋めるように広葉樹が育ちました。この混交林は針葉樹人工林と広葉樹二次林とが混ざり合っている森林だと言えます。

写真⑥ 「スギ・カラマツ・広葉樹混交林」
スギ・カラマツは人工林の不成績造林地。雪害により混交林化したと考えられる。

 木材生産目的で植えられるのは、基本、針葉樹です。針葉樹が植えられた人工林では、植栽木以外の広葉樹は下刈りと除伐によって除去されるので大きくなるまで育つことはありません。写真の現場でも下刈り・除伐もされていたと考えられますが、植えられたスギとカラマツがちゃんと育たなかったことで広葉樹も残り、両者が一緒に育っていった結果、現在見るような姿になっています。

 下刈りや除伐といった手入れが不足したことで、針広混交林になっている事例もあります。

 現在、全国的に一番多いタイプの植栽木を交えた針広混交林は、育林作業を行ってもなお針葉樹人工林の育ちが悪かったものです。その原因の一つが、積雪です。多雪地帯にはこうしてできた針広混交林があり、不成績造林地と呼ばれています。

 この不成績造林地は、冬季の積雪が多い中部地方から東北地方にかけての日本海側の青森、秋田、山形、新潟、富山、福井、それから岐阜の飛騨といったところに多く、また山陰地方でも少し見られます。

■針広混交林と複層林との違いについて教えてください。

 針広混交林も複層林も、森林の状態を表す用語です。針広混交林は森林の林冠層で針葉樹と広葉樹とが混じる森林、複層林は樹冠のレイヤーが 2 層以上ある森林です。針広混交林は水平方向の構造、複層林は垂直方向の構造を言っていると考えるとわかりやすいでしょう。

■複層林について詳しく教えてください。

 日本で複層林という言葉が使われ始めたのが、 昭和 60 年前後です。森林施業における更新作業は、皆伐して造林をするというのが一般的な方法です。ただ、皆伐をすると、そのあとに林地が裸地になるので、様々な公益的機能が一時的に低下する懸念が持たれています。

 そのような状態をつくらないために、皆伐にならない方法で更新をめざそうという非皆伐施業が検討されました。収穫できる木を全部伐ってしまっても、そのときに次世代の木がすでに存在すれば、林地が裸地になることはありません。

 つまり、これから収穫する木と次世代の木が同時に存在する状態をつくるということです。このような林を複層林と呼び、複層林で 2つの世代をつなぐ方式を複層林施業と呼んだのです。なので、この場合の複層林という言葉が意味するものは、下層木がスギやヒノキといった高木性の林業樹種だという点で、先ほど定義した複層林よりも限定的なものになります。

 ヨーロッパでは、伐採を数回に分けて行い、その間に林床の光条件を整えながら稚樹を貯めて、稚樹が十分な大きさになったところで残りを伐採するという方法がとられることがあります。すなわち、いったん天然更新で複層林をつくるわけです。これを漸伐作業といいます。

 日本でも漸伐作業が試みられたことがありましたが、植生状況がヨーロッパとは違うため、天然更新が困難でした。そこで、天然更新を植栽に代替しようという発想で、複層林施業が行われてきたのだと思います。

 その複層林ですが、いくつかのタイプがあります。まず一番シンプルな形が二段林です。ふつう複層林と聞いてイメージされるのがこのタイプです。二段林以外のタイプだと、3層以上の層が認識できる多段林や、大小さまざまな木が混在していて層が認識できない連続層林があります。

 複層林施業は、当時、林野庁と各都道府県とで補助金を充てるなどして全国で進められましたが、無理をしているところもありました。

 例えばヒノキの下層にヒノキ、スギの下層にスギといった樹種の組み合わせによる複層林化は、よほど林内の光環境を上手にコントロールしないと、下層の木を健全に育てることが困難です。また、複層林は裸地をつくらずに伐採と更新をさせるための技術なので、近い将来の伐採が前提となっているはずです。すなわち、どこかで上層木を伐採して更新を完了させなければいけません。

 しかし実際には、最終的な伐採の計画がなないまま、上層と下層が針葉樹からなる複層林をつくる場合が多くありました。言ってみれば、間伐して林内が一時的に明るくなった状態で、スギやヒノキを植栽しただけなのです。すなわち、形だけの複層林をつくってきたのです。

 上層木が追加で伐採されなければ、林冠の再閉鎖とともに下層木が光不足で育たず枯れていきます。こうしたことが各地で起こり、複層林は難しいという話になっていきました。

 これまでは、複層林と言うと、いまお話ししたような二段林を指すことが多く、今でもそのように考える人が多いと思います。

 ただ現在では、下層が将来の主たる林木ではない樹種や、低木性の樹種などで構成されていても、階層構造が発達していれば複層林であると解釈される場面も増えてきました。もちろん、最初にお話しした、複層林は樹冠のレイヤーが 2 層以上ある森林であるという定義からは間違いではありません。ただ、複層林とされる森林がどんなものかについて混乱が生じているという現状は、困ったものです。

 針広混交化が困難な森林において、樹種が多様で複層林的な階層構造をつくっていくにはどのような方法が考えられますか。

 更新を考えずに、単に階層構造のある森林をつくることが目標でしたら、林内の光環境をコントロールすることによって、実現できるかと思います。

 写真は速水林業のヒノキ人工林ですが、林内には低木層と亜高木層もあります。高木性の樹種もありますが、多くが林冠ではなくて林内を生活の場とする樹種です。

写真⑦ 「低木層が豊かなヒノキ人工林(三重県紀北町:速水林業大田賀山林)」
下層に広葉樹が生育する、階層構造のあるヒノキ人工林。

 何かしらの樹種が林内に存在する場合には、林内の光をコントロールすれば、それを育てることができます。それが存在しない場合は、導入する手立てを考えなければなりません。土の中に眠っている種子があるか、近くに母樹があって種子が散布されるかで、まずは種子が必要です。種子があれば、それが発芽して成長していくための光環境を整えればいいのです。

 ただそれが邪魔される場面もあります。林床一面を覆うようなシダ類やササ類があると、他の樹種が育ちにくいので、気をつけなければなりません。このような場合は、ササの刈り取りを何度か繰り返すなどして、とにかく、他の樹種の樹高をササより高くしなければなりません。ササの高さを超えれば、ひとまず安心です。

 もし、その中に高木になる樹種が混ざっていれば、そうした樹種を活かし育てていくことで針広混交林に導いていくことは、技術的には不可能でないと思います。

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