内山 節 ライブラリ

『森の伐採』

『森の伐採』

今年(2021年)の上野村のゴールデンウィークはけっこう賑わっていた。普段の年の七、八割くらいの来村者がいる。自粛要請をくり返すだけの政府や知事、専門家の言動は、すでに信用されなくなっているのである。だから多くの人が自分の判断で行動するようになった。

私の村の家には庭つづきの山があって、そこは私が所有する森になっている。といっても1haに満たない広さで、もともとは薪をとる山だった。下の方はケヤキがほとんどで、途中から上はコナラが多くなる。この家を手に入れたとき、私は近所に住む山作業のベテランに下の方の木を切って欲しいと頼んだ。最後の伐採から四十年くらいがたっているようで、大きく伸びたケヤキが家の方に傾いて立っていた。これでは台風のときなどに倒れる可能性がある。

この伐採後に萌芽更新した木が、今年は再び大きくなっていた。チルホールを使いながら切らなければいけない木が多く、自分で切るのは諦めた。前回切ってくれた方はすでに亡くなっていて、今回は一男さんという村の友人に頼んだ。一男さんは五十年以上も山仕事をしてきた林業家である。快く引き受けてくれ、私の山は下の方が再びハゲ山のようになった。

この変化を嘆いていたのは鳥たちである。私の山はいろいろな鳥のねぐらになっていて、夕方になると戻ってきた鳥たちで賑やかだった。ところが、隠れる場所がなくなってしまった。

おそらくこの山を使っていた動物たちも残念がっていたはずだ。私の家の周囲ではタヌキ、キツネ、シカ、イノシシ、ツキノワグマ、テン、イタチ、ムササビ、ヤマネ、ヤマアカネズミ、ヒメネズミなどが暮らしていて、ときどき庭にも姿を現す。ムササビが天井裏に住みついたときも、ヤマネが軒下に下がっていた古いスズメバチの巣をねぐらに使っていたこともある。一部の動物たちは、家と庭、その横にある森を生活圏としてきたのである。

日本の伝統的な考え方では、社会とは自然と生者と死者によってつくられているものだった。正確に述べれば自然と人間が結びあうことで生まれたのが社会であり、同時に亡くなった人たちが残してくれたものと関係を結びながら、社会は形成されていると考えてきたのである。社会は生きている人間だけによってつくりだせるものではない。

この考え方に従うなら、私が暮らす村も、集落も、そして私の家や庭、森も、私だけのものではないことになる。すべては自然のものでもあり、村の「先祖」たちのものでもあるといわなければいけない。そして、だとするなら、私は自然の許可をもらい、村の「先祖」たちの許しをえて、はじめて森の状態を変更することができることになる。

おそらく村の「先祖」たちは、今回の伐採に同意してくれるだろう。なぜなら、「先祖」たちもまたこの森を周期的に伐採し、薪をとりながら暮らしてきたからである。問題は自然の許可だ。森の状態を変更する許可を自然からもらうには、どうしたらよいのか。

日本の社会では、だからこそ山の神や産土神=土地神様=地主様を祀ってきたのだろうと思う。山の神や産土神に伐採の許可をお願いする。そして伐採後には森の再生を約束する。そうやって伝統社会の人々は暮らしてきた。

自然と生者と死者の社会は、祈りを媒介にして結ばれてきたのである。自然への祈り、「先祖」への祈りがあってこそ社会は成立した。そしてその祈りは自然と「先祖」への畏敬の念、感謝の思いに支えられていた。

私は上野村に我が家の「先祖」とはいかないが、村の「先祖」はいつも感じている。村をつくり、いまも村の基盤を提供している「先祖」を。だから山の神や産土神、村の「先祖」に許しをもらいながらこの村で暮らしている。

新型コロナウィルスについても、自然や死者に意見を求めたら、どんな答えが返ってくるだろうか。自然はコロナを怖れていない。「先祖」たちは繰り返し疫病と付き合ってきた。天然痘が流行れば疱瘡送りの祭りをおこない、薬師如来や観音菩薩、地蔵菩薩などを祀って祈りの世界をつくった。

もちろん祈りだけでコロナを退散させることはできないだろう。だが、コロナと対決するだけの社会は、何か大事なものを失いつづけているのかもしれない。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第361回『森の伐採』より引用しています。
(2021年6月発行号掲載)
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