内山 節 ライブラリ

『森の価値』

おかしな話に聞こえるかもしれないが、最近の私は、
森の価値とは何だろうかと迷っている。 

そんなことはわかりきったことではないかと言われるかもしれない。

森が循環的な資源として利用できることもひとつの価値だ。
この価値を利用しておこなわれるのがいうまでもなく林業で、
しかも手入れのよい林業の森は自然としても美しい。
そして速水勉さんが言ったように、美しい森は林業的な価値も高い。
さらに林業は山村の人々の働く場を提供するから、地域の活性化にも役立つ。

森林の公益的機能に目を向ければ、森林の価値はより多様なものになる。
水源涵養機能、土砂の流出防備機能、もちろん二酸化炭素の固定機能もある。
これらも間違いなく森の価値だ。

他にも私たちはいくつもの価値を知っている。
森林は生物種の多様性を支えている場所である。
人間たちの精神の安定にも重要な役割を与えている。

しかもいまでは日本の森は、日本人にとってかけがえのないものだけではなく、
世界の人たちにとっても重要なものになってきた。
日本の森を訪れる外国人は、ずいぶん多くなっている。

もうひとつ、日本では森が日本の文化と強く結びついてきたことをあげてもよいだろう。

木造建築の文化、木を細工したさまざまな文化、紙の文化。
漢方薬なども森があるからこそ生まれた文化だし、
山神信仰、水神信仰などをはじめとする自然への信仰を
日本の文化の一つにあげておいてもよいだろう。

このように考えていくと、
森の価値とは何かなどわかりきったことだと思われるかもしれない。
私もまたわかったつもりでいた。
必要なことがあるとすれば、いま気付いていない森の価値が見つかったら、
それを追加することだけであって、すでに多くのことがわかっているのだと。

それなのに、最近では迷いがでてきているのである。
たとえば上野村に暮らす人々という視点から森をみたらどうなるのだろうか。
おそらく多くの村人は、美しさと生物種の多様性、水源的な意味に
森の価値をみいだすだろう。村人は森が循環的な資源であることを知っているが、
今日ではそれほど重要な価値ではなくなっている。

 

価値は利用できるから生まれてくるものである。

森の美しさは日々村人が利用しているものだし、
鳥の鳴き声や草花のかおりも村人は利用している。
森から湧き出てくる水も、ときに生活のなかで、ときに釣り場の
川の水源として利用されている。
そしてだから価値を感じるのである。

ところが現在の森は循環型資源としては、ほとんど利用されていない。
美しさや水源の役割なら経済関係と無関係に利用されているが、
森を循環的な資源として利用することは経済活動と結んでいる。
だから木材生産が経済的に採算が合わないかぎり資源として利用されることはなく、
そうである以上この部分に価値はみいだされない。

つまり価値とは、あらかじめその中に内蔵されているものではなく、
利用されることによって生まれてくるものなのである。 
たとえば10,000メートルの海底にどのような資源があろうとも、
あるいは地底5,000メートルのところに何があろうとも、それらには何の価値もない。
なぜならそれらは利用できないからである。 

 

ところで利用とは関係をもつことだとも言い直すこともできるだろう。
美しさを森に感じるという価値は、
森と関係をつくっているからこそ生まれてくるものであるように、
森とどのような関係をもったかによって、その関係をとおして価値がみいだされてくる。
とすると森と関係をもたない人間にとっては、森の価値は生まれてこないことになる。

もちろん、理論的にはこのようなことは成り立たない。
どんな人間でも水や大気や国土保全などをとおして、
間接的には森との関係をもっている。
だから森はすべての人にとっても価値があることにはなる。
自分もまた関係をもちながら生きていることに、気付いていないだけだ。 

このように考えていくと、今日の森はその価値をずいぶん痩せ細らせたことになる。
多くの森は循環的な資源という関係を人間との間に結ばなくなった。
自然への信仰という関係も、いまでは限られた人だけのものだし、
森と日本文化との関係もいまではすべての人のものではなくなっている。

森と関係をもつ、森との間に相互的な流れをつくるということが細ってしまえば、
生みだされる森の価値も小さなものになってしまうだろう。 

だから私は森の価値とは、森のなかにあらかじめ内蔵されているものではなく、
森との関係をつくろうとする人間の活動、行為によって生まれると考える。
とすると森の価値とは、森自体にではなく、森と人との相互性のなかにある、
ということになる。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第219回『森の価値』より引用しています。
(2009年8月発行号掲載)
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