内山 節 ライブラリ

『現代の地域』

『現代の地域』

2021年11月のある日、久しぶりに新幹線に乗って講演にでかけた。講演で遠出するのは2月以来である。コロナ下においても、私は以前と変わらない日々を送っていたのだけれど、世の空気はそうはなっていなかった。

この日の会場はいっぱいになっていて、多くの人たちがコロナによる自粛生活にうんざりしていたのだろう。

30年くらい前までは、講演の開催地によって会場の雰囲気が異なっていた。都市と農村地域とでは会場のなかの様子が違っていたし、東北と九州といった相違もあった。仕事の違い、暮らし方の違い、地域の違いといったものが会場の雰囲気を変えていたのである。ところが、年々その違いが小さくなってきている。

その原因のひとつは、人々の働き方や暮らし方のなかに埋め込まれている価値観が変わってきたからなのかもしれない。

農山村に行っても、給与収入が社会を支えるようになってきた。市町村の所得統計をみると、ほとんどの地域で給与所得が圧倒的多数を占めている。スーパーやコンビニで買い物をする生活もネットを利用した暮らしも全国共通になってきた。いまでは日本中の子どもたちがオンラインで学校や塾などの指導を受け、オンラインゲームで遊ぶようになっている。このような面では、日本はこの数十年の間に均質化の方向に向かってきた。

さらに、都市と農山村の人間の入れ替えもすすんできている。私の家がある上野村では人口の二十五パーセント近くが移住者だし、どこに行っても講演会場に十人の農家の人がいれば、そのなかの少なくとも二、三人は移住してきた新規就農者である。この新規就農者の多くは有機農業やオンラインを活用した消費者との結びつきを志している。

もうひとつ移住者の移住範囲が広範囲になっていることも、地域の雰囲気に影響を与えているのかもしれない。東京の人が近郊にある埼玉や千葉の農村に移住するということもあるけれど、北海道や九州、山陰や北陸などに移住している人もかなり多い。

一方では仕事や暮らし方の均質化が進み、他方ではさまざまな移住者たちが各地で定着してきている。さらには自分の生まれた地域に戻って生活している人でも、進学や何年間かの就職をとおして都市生活を経験しているのが普通だし、地域に戻ってからもオンラインでさまざまなところとつながる生活をしている。

おそらくそういうさまざまな変化が、講演会場の雰囲気から地域差を縮小させていったのだろう。

考えてみれば日本の社会は、伝統的に移住者を内包した定住社会としてつくられていた。何百年にもわたってその地域に定住してきた家はごくわずかしかなく、移動しながらその地に定住する場所をつくってきたのである。たとえば戦国時代は多くの人たちが移動した時代だった。ところが江戸時代に入ると、幕府の政策もあって、人々は農村や城下町などに定住するようになる。

といっても農村でもたえず開墾がくり返され、ある人はその開墾地に移住し、また農家の次男坊などは都市に丁稚奉公にでかけ、最終的には都市の商人や職人として定着していくようになった。農村では飢饉や災害を契機にして大量の人たちが移住してくることもよくあったし、嫁や養子のかたちで移住する人も多くいた。

移住者を内包しながら定住者の社会がつくられていく。それが日本の歴史なのである。移住者が登場したり地域の外の空気が入ってきたりすることは、今日の新現象ではなく、むしろ伝統的な日本の姿に戻ったと考えてもよい。むしろ戦後のしばらくの間のように、農山村や地方都市から大都市への人口流出だけがすすみ、農山村などに移住者がいなくなった時代の方が、日本の歴史にとっては異常な出来事だった。

とすると、これからの問いは次の点にある。かっては移住者たちを包み込みながらも、人々は定住社会をつくりだしていった。そしてそのことによって、その地域特有の文化や暮らし方、仕事の仕方が生まれていき、地域の特徴が形成されていった。とするとこれからも、同じような動きが生まれるのかどうか。その地域の特色がつくられていくためには、定着、定住ということが必要なものになっているはずである。

即ち現在の移住者が、最終的には定着民へと向かっていくのか、それとも一代限りの移住者がたえず発生する社会に向かうのか。さらにインターネットの時代は、かってのような定住社会の雰囲気を再生するのか、それともそれを不可能にしてしまうのか。

私たちはそういうことをも念頭に置いて、これからの地域づくりを考えなければいけなくなっているようである。

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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第367回『現代の地域』より引用しています。
(2021年12月発行号掲載)
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