ダニによる感染症 ~森づくり活動中のダニ被害予防対策~
ダニに注意
2021年7月3日、報道各社からマダニ感染症である「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」を関東で初確認、というショッキングな報道がありました。これまでは、
鈴鹿山脈以西で主に西日本での注意喚起にとどまっていたものが、一気に関東まで北
上したことになります。
ダニによる感染症については、意外にも今から3500年ほど前の紀元前1550年、エジプトのパピルス文書の中でマダニによる熱病のことが記述されています。
ダニは、よく昆虫の仲間と勘違いされている方が多いですが、どちらかと言うとクモやサソリに近い蛛形網(しゅけいこう)に属しています。形態的にも、昆虫は頭部、胸部、腹部の3つに別れ、脚は3対6脚に対して、ダニは、顎部と腹部の2つで、脚は4対8脚です。
また、翅(はね)を持たないのも大きな違いになります。活発な活動時期は4月〜11月ですが、12月にも咬まれた記録があるなど、1年を通して気をつける必要があります。
ダニと感染症
国内でのダニによる感染症は、回帰熱、Q熱、ツツガムシ病、日本紅斑熱(にほんこうはんねつ)、野兎病(やとびょう)、ライム病、オスムス出血熱、ダニ媒介脳炎、リフトバレー熱、ロッキー山紅斑熱が古くから知られていました。
中でも感染症の大半を占めるツツガムシ病と日本紅斑熱は、「リケッチア」という小さな病原菌によって発症し、ライム病や回帰熱はスピロヘータという細菌、ダニ媒介性脳炎はフラビウイルス感染によって発症します。
そして、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)は、フレボウイルス属という2011年に発見された比較的新しいウイルス(SFTSウイルス)に感染することによって発症します。
国内のSFTSウイルス発症例では、フタトゲチマダニとタカサゴキララマダニが人への感染に関与している報告がありますが、国内外から、フタトゲチマダニとオウシマダニからSFTSウイルスが検出された報告があり、国内の調査ではその他、ヒゲナガチマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ、タカサゴキララマダニからSFTSウイルスの遺伝子が検出された報告があります。
タカサゴキララマダニと小さいサイズのマダニ(大きさ比較)
以下、ダニによる主な感染症を紹介します。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
ウイルスによる感染症ですが、潜伏期間はダニに咬まれてから6〜14日間と報告されています。症状は、発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、腹痛)が主で、時に頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹、呼吸器症状(咳、咽頭痛)、出血症状(歯肉出血、紫斑、下血、黒色便)などが出現します。致死率は30%。
主にダニに咬まれることによって感染しますが、血液、体液接触でも感染します。SFTSウイルスも一般的な消毒剤(消毒用アルコールなど)や台所用洗剤、紫外線照射などで感染性がなくなります。なお、現状ワクチン、治療薬は存在しません。
日本紅斑熱
ダニに咬まれてから2〜8日後に発症し、刺し口は赤く腫脹し、中心部にかさぶたができます。症状は高熱、紅斑(四肢や体幹部に拡がっていきますが痛みや痒みはない)、発疹など。治療が遅くなると重症化もしくは死亡にいたります。抗菌薬治療が有効。
ツツガムシ病
ダニに咬まれてから10〜14日後に発症し、症状は日本紅斑熱とほぼ一緒。こちらも治療が遅くなると重症化もしくは死亡に至ります。抗菌薬治療が有効。
ライム病
ダニに咬まれてから7〜21日後に発症し、刺し口を中心に特徴的な迷走性の紅斑がでます。発熱、悪寒、全身倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛などのインフルエンザ様症状を伴うことも。
症状が進むと、スピロヘータ細菌が全身性に拡がり、皮膚症状、神経症状、心疾患、関節炎、筋肉炎、眼性症状などを引き起こします。抗菌薬治療が有効。
回帰熱
ダニに咬まれてから平均15日後(12〜16日後)に発症し、発熱、悪寒、全身倦怠感、頭痛、筋肉痛、関節痛などのインフルエンザ様症状が主です。
ダニ媒介性脳炎
ダニに咬まれてから7〜14日後に発症し、発熱、頭痛、眼窩痛、筋肉痛、関節痛に始まり、進行すると麻痺、意識障害、痙攣などの脳炎症状が見られます。今の所、国内では北海道での5例のみですが、致死率は20%と高いです。
過去に、ウイルスが混入した生乳を飲んで感染した例がヨーロッパで報告されていますが、ウイルスは72度10秒で死滅することがわかっているため、殺菌処理された市販の牛乳から感染することはありません。
マダニに咬まれないようにするには
★マダニの生息場所を把握しましょう。
マダニは、シカやイノシシ、ノウサギ等の野生動物が出没する環境に多く生息します。
また、民家の裏山や裏庭、畑、あぜ道にも生息しています。
★マダニから身を守る服装を心がけましょう。
野外では、腕、足、首など、肌の露出を少なくするのが良いです。
服装の確認点
- シャツの裾は、ズボンの中に入れる
- シャツの袖口は、手袋や軍手の中に入れる
- ズボンの裾は、地下足袋や長靴の中に入れる。またはスパッツなどを併用する
- 必要に応じて養生テープやガムテープなどで塞ぐ
- ハイネックのシャツの着用や手ぬぐい、タオルを巻いて首を守る
★忌避剤の使用
マダニに対する忌避剤として、ディート(DEET)とイカリジン(ピカリジン)の2種類が市販されています。ただし、忌避剤はマダニの付着数を減少することは期待できますが、完全に防ぐことができるわけではないので、あくまでも服装等の防護との併用として考えましょう。
忌避剤 ① ディート
国内では古くから使用されている薬剤で、効能としては吸血害虫の感知能力を撹乱することで、吸血行動を抑止します。注意事項として、有効成分量によって使用できる年齢に制限があります。
独特の匂いとベタツキ感に特徴があります。また、プラスチック、化学繊維、皮革を腐食することがあるので、使用対象に注意が必要です。
有効成分 |
効力持続時間 |
適応 |
分類 |
注意事項 |
5〜10%
|
5% 約2時間 10% 約3時間 15% 約5時間 |
生後6ヶ月未満 2歳未満 12歳未満 |
防除用医薬 |
衣服へ塗る場合、内側(皮膚に直接触れる部分)へ 長時間塗ったままにしない |
12%
|
第2類医薬品 |
|||
30% |
約5〜8時間 |
12歳未満 |
第2類医薬品 |
忌避剤 ① イカリジン
国内では2015年に販売が開始された比較的新しい薬剤です。もとはディートに変わる薬剤ということでドイツの化学薬品メーカーが開発したもので、ディートにはない有用性として、小児への使用制限・回数制限がない、ディート特有の匂いがない、繊維や樹脂を傷めにくい(服の上から使用しても殆ど影響を与えない)、プラスチックを溶かさない、が挙げられます。
有効成分 |
効力持続時間 |
適応 |
分類 |
注意事項 |
5% |
6時間 |
年齢・使用回数 |
防除用医薬 |
噴霧粒子を吸い込まないように注意 |
15% |
6〜8時間 |
年齢・使用回数 |
防除用医薬品 |
※開発メーカーのコンシューマー・レポートでは、高濃度製剤として20%濃度のものが最も効果的と報告されています。
★活動後もマダニから身を守る
ダニ類の多くは、皮膚にしっかりと口器を突き刺し、数日〜長いものは10日以上の長時間の間吸血します。また、麻酔用物質が含まれた唾液を分泌するため、咬まれたことに気が付かないことも多く、数日後にイボやホクロかと思ったらダニだったということも多くあるようです。
このため、活動中〜活動直後は活動者同士でダニの付着がないことを確認し合うのはもちろん、帰宅後は入浴やシャワーでダニがついてないことを確認します。特に首、耳の後ろ、腋(わき)、鼠径部(ふとももの付け根)等、比較的皮膚の柔らかい場所は詳しく確認します。また、入浴時に湯船に30分使っていても離れず生きていた、というような報告もあるため、目視や指で触れて確認が有効です。
マダニに咬まれたら
運悪くマダニに咬まれた場合は、皮膚科などの医療機関での適切な処置を受けてください。マダニの仲間には、口器を固定するためにセメント質の物質を出し、皮膚にしっかりと固定するダニもいるため、無理に引き剥がそうとすると、口器の一部が皮膚内に残り化膿したりします。
ティックリムーバーなどのダニ除去ツールもありますが、当日中に医療機関を受信できる場合は、無理に使わずに医療機関での処置を優先してください。
なお、比較的有効的な処置(医療機関を受信するまでの処置)として、ワセリンをダニを覆うように塗ることで、比較的剥がれるとう報告があります。また一部の医療機関でも除去に使っているとの話も聞きます。あくまでも自己責任の範囲でのお願いになりますが、お知らせしておきます。いずれにしても、外れたマダニは保存しておき、検査時に提出できるようにしておいてください。
マダニ除去後数週間は体調の変化に注意し、発熱など前述した症状が認められた場合は、医療機関での診察を受けるようにしてください。その際、いつ、どこで、マダニに咬まれた旨を医師へ伝えていただき、また、マダニによる感染症について気にしていることを併せて伝えてください。
大きな総合病院等だと、診療科によってはダニ感染症に詳しくない医師もいらっしゃるので、厚生労働省のダニ媒介感染症のWebサイト「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について」等を示していただくのも有効かと思います。(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000169522.html)
マダニ対策を行って、楽しい森づくり活動を。
<記事>
森中 大晴(森の安全を考える会)、
<写真>
森中 大晴、特定非営利活動法人森づくりフォーラム
<参考資料>
高岡正敏 「ダニ病学ー暮らしのなかのダニ問題ー」 東海大学出版会 2013年
林野庁 Webサイト「森林内等の作業におけるダニ刺咬予防対策」
国立感染症研究所昆虫医科学部 Webサイト「マダニ対策、今できること」
厚生労働省 Webサイト「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について」
国立感染症研究所 Webサイト「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)とは」
大日本除虫菊株式会社 Webサイト
アース製薬株式会社 Webサイト