内山 節 ライブラリ

『自然と森林』

最近若い人達と話していると、「自然」と「森林」がずいぶん違ったものとして
とらえられていると感じることがある。それはこういうことである。

今日の若い人たちが「自然」について話すときは、人文系的、
あるいは文学的な発想で語ることが多い。
たとえば人間は自然の一員に戻らなければいけないとか、
自然を人間の客体としてとらえた西洋的な思想には問題があるのではないかとか、
自然への畏れを感じなくなったとき人間は堕落し、今日の環境破壊の原因は
そこから生まれたのではないか、というようなものである。

ところが「森林」について語るときは、社会科学的であり、自然科学的なのである。
地球温暖化を阻止するためには森林の間伐をすすめなければいけない、
生物多様性を回復するには里山整備が必要である、
インドネシアなどで森林が焼き払われ、モノカルチャー的な農業がひろがっていくのは、今日の世界経済のあり方にある。こんな感じである。

おそらくそれはふたつの理由から来ているのだろう。
ひとつは今日の若い人たちの多くが、自然との具体的な結びつきを失っていること、
その結果自然が具体的なものから抽象的なものへと変化したことである。
それに対して森林は、地球温暖化防止などの具体的課題が認識されてきたことや、
里山整備のボランティア活動などがひろがってきたこともあって、
具体的にとらえられるようになった。

しかし、それがすべての理由だとは思わない。
というのは次のような面もあるからである。

日本では、伝統的には、森林をふくめて、自然は人々の生活を直接、間接に
支えていくものであるとともに、信仰の対象でもあった。
自然それ自体に「神」をみいだし、その「神」に祈りをささげながら人々は
暮らしてきた。
そしてこのような面においては、日本は伝統的に自然は抽象的なものだったのである。

日々の現実的な生活のなかでは、人々は具体的な自然をみていた。
それは水をもたらす湧水や川であり、山菜や茸をもたらす山であり、
マキを提供する森である。それだけでなく、ときには山崩れを起こし、
川を氾濫させ、豪雪によって閉じこめられる、
そういう意味でも具体的な自然であった。

だが同時に、この具体的な自然の奥に抽象的な自然が潜んでいることをも
人々はみていた。具体的なものの奥に抽象的な本質がある、というとらえ方である。
具体的な自然と抽象的な自然は分離されたものではなく、
連続的に結びついているものであった。

とすると今日の人々のなかでは、具体的な自然と抽象的な自然が分離したのであろう。
そして森林は具体性のなかで、自然は抽象性のなかでとらえられるようになった。

森林が具体性のなかでとらえられるようになったのは、戦後の森林政策が、森林の機能という側面からおこなわれてきたことと関係しているのだと思う。
木材資源の確保、林業の経済的な機能、保水機能、国土保全機能、今日の炭素固定化機能、生物多様性機能…。
もちろんそのどれもが間違ってはいない。
だがそのような面を重視しているうちに、森という人間を超越した世界への「祈り」を
忘れていったことは確かだろう。
森は、日常的な価値判断とともに存在しているものになった。

そしてそうなればなるほど、「人間を超越した畏れ」という側面は、
「自然」という言葉に吸収されていった。

今日の若い人たちには、日常的な価値判断によって人々が歴史を動かしてきた結果、
解決のつかない矛盾が発生してしまったという気持ちが強い。
それが環境問題を考えるときの人々の視点で、便利さを求める、経済の発展を求める、
科学の発展に頼る、というような日常的な判断の積み上げが、結果的には環境の破壊を
招き、ついに解決不能な自然と人の対立状況をつくりだしてしまった、というような
認識である。

そういう認識があるから、若い人たちは自然と人間の本当の関係とは何かをとらえ返そうとする。
そのとき視野に入ってくるのは、近代合理主義の発想とは異なる考え方をもっている
日本の伝統的な自然観である。
自然に畏敬の念をいだき、自然に人間を超越した神をみいだした思想である。
そういうものを回復しないと、今日の環境問題は根本的には解決しないのではないか、
と考えている若い人たちは多い。
しかもその人たちは、自然と具体的な関わりをもった経験に乏しいから、
自然はますます人文系、文学系の発想でとらえられるものになっていく。

とすると自然と森林とが異なった視点でとらえられていく背景には、
複雑な今日的な状況が潜んでいるということになる。
自然は具体性を取り戻さなければいけないし、森林は抽象性を取り戻す必要がある、
そんな時代を私たちは迎えている。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第198回『自然と森林』より引用しています。
(2007年11月発行号掲載)
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