内山 節 ライブラリ

『転換期』

  

 人は誰でも、これまで親しんできた考え方や生活、労働のライフスタイルをもっている。そしてそれを変えることは容易ではない。たとえば私自身をみれば、朝早く起きることができないという生活スタイルを変更するだけでも、かなりの労力を必要とする。だから考え方をふくめてこれまでの自分のスタイルを見直すなどともなれば、だれにとっても大変なことなのである。

 ところが歴史はときどきそれを人間たちに要求してくる。なぜならこれまでのスタイルをつづけていたのでは行き詰ってしまうときがあって、新しい発想や生活スタイルを確立しないと、どうにもならなくなってしまうときがあるからである。たとえば私がアベノミクスは失敗するだろうとみているのも、今日の世界では昔と同じような経済成長を目指しても、それを可能にする基盤がなくなっているからである。

 これからは新しい発想で社会や経済を立て直す必要がある。にもかかわらずこれまで親しんできた考え方で政策を進めれば、根底にある矛盾を拡大してしまうだけである。

 今日が大変なのは、発想や生活、仕事などのスタイルの見直しの必要性が私たち1人1人の世界にまで及びはじめていることにある。たとえば2、30年くらい前までは、安定した企業などに就職できれば、とりあえず生涯の生活が保障されるという安心感があった。ところがいまではそんなものはなくなったといった方がいい。たえずリストラがおこなわれ、必要のない人間にはたえず退職が強要される雰囲気をもっているのが、今日の多くの企業だからである。

 しかもブラック企業というしかない経営をしているところも多いし、そういう世界からもはじきだされている非正規雇用の人たちも被雇用者の3分の1を超えるほどになってきた。だからいまの若者たちは労働観や生活観を大きく変えてきているのだが、そういう現実が否応なく展開しているのである。

 おそらくこれからは、若者だけではなくすべての人々が、考え方を含む自分のスタイルを見直さないと、時代の変化に対応できなくなっていくことになるだろう。

 考えてみれば林業の世界では、そればずっと前から進行していた。かつては木を植えて育てていれば、林家は何とかなった。もちろん森林所有者と林業家は同じではない。森林所有者ということになれば、日本には小規模所有者が多いのだから、それらの人たちは林業経営をしようという気持ちももってはいなかったし、実際それは可能でもなかった。といってもこのような人たちも、ときに森林からちょっとした収入があったりすることは期待していたのだけれど、それが難しくなったことに気づくと、持続的な林業経営を考えてこなかっただけに、あきらめることも早かった。森からの収入をあきらめても、他に生活の基盤をもっていたからである。

 一面では大規模森林所有者の時代への対応もすすんだ。なぜならこの層の人たちはコストをかけて林業経営をしていて、その点では経営者だったからである。経営者という立場がはっきりしていれば、その時代の林業環境のなかで自分の経営を考えていかざるをえない。たとえどんなに問題点を感じていようとも、その時代への対応方法を見いだしていかざるをえないのである。

 現在比較的林業が盛んだった地域を歩いて感じることは、小規模森林所有者でも、大規模な林業家でもない中間的な森林所有者たちの行き詰まり感である。つまりかつては林業で生活ができたが、といってコスト計算をしながら林業経営をしていたわけではなかった人たちの追い詰められた状況である。木を植え、育てていけば何とかなるという慣れ親しんできたスタイルが破綻し、にもかかわらずそこからの脱出方法が見いだせない人たちの現実、とでもいえばよいのだろうか。

 その地域では比較的広い森林をもっていれば、かつては地域の名士に属していた。その名士としての役割も果たせなくなった。いつかは木材価格が好転することに期待を寄せ、しかしこの期待が裏切られつづけた人たち。そんな人たちが各地にいて行き詰まり感を深めている。

 もちろんそういう人たちのなかからも、たとえば自伐林業のかたちで、工夫しながら何とかしようとする人たちも出てきてはいる。しかしどうにもならないままに追い詰められていく人たちも多いのである。そういう現実に触れていると、課題は林業問題ではなく、さまざまな生き方をしてきた人たちへの、これからの生き方の提案なのかもしれないという気がしてくる。それがあらゆる人たちに必要になっているのが、今日でもあるのだから。

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写真:石井 春花(森づくりフォーラム)
※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第282回『転換期』より引用しています。(2014年11月発行号掲載)
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