内山 節 ライブラリ

『森林フォーラム』

『森林フォーラム』

山里の話をすると顔がほころんでくる私をみて、大抵の友人たちは笑っていた。
「釣り師の話、話半分」、それは釣り師は自分の釣った魚の話をするとき
必ずホラを吹くという意味の洋の東西を問わず定着している言葉であるが、
このなかには、釣り師のホラは愛すべきホラであるから許される、という意味も
含まれている。

しかし私は釣りの話のついでに、山里の世界を誇大に賛美しているわけではない。
いつでも、真実の私のみた山里を語ってきたのである。

今年(1987年)の五月の週末、私は百人ほどの人々と一緒に私の畑のある群馬県の
上野村にでかけた。これからの日本の森林のあり方を市民レベルで考えようと昨年からつづいている「森林フォーラム」の1987年春の企画、「上野村フォーラム」の
旅行プロデューサー兼添乗員が私の役目だった。

初めての経験だったから、私はいくつかの失敗を重ねた。手入れのゆき届いた植林地、カラマツを植え放置された森が崖崩れを起こしている現場、国有林の活用のされ方、
森林組合の活動、村営の木工工場などなどの視察、そして記念植樹……、第一にスケジュールがきつすぎた。

そのうえに、村営の国民宿舎に泊まった翌朝は私は電話のベルに起こされた。朝食の呼び出しだと思って目をさますと、参加者たちはもうバスに乗り込んで出発の準備を完了していた。なんと添乗員の私だけが、ゆうゆうと寝ていたのである。

しかし強行スケジュールの言い訳をすれば、私はわずか二日間の間に真実の山里を
都市の人々にみてほしかったのである。山村に田舎でもないかぎり、都市の人間は
大抵は、通過する景色のなかにしか山村とふれ合うことはできないのであるから。

そして山村という社会がみえてこなければ、いまの日本の森林の問題を議論することはできないであろう。「森林フォーラム」は、まずもって「山村フォーラム」でなければ、本来の活動ははじまらないはずなのであるから。

ところがこの「上野村フォーラム」がはじまってみると、真実の山村をみるということがどれだけむずかしいことなのかを、私は感じるようになっていた。二日間で村の施設や森林の様子をみて回ったとしても、何がみえてくるというのだろうか。

そんな私の心配を解消してくれたのは、やはり村の人々だった。第一日目の夜、早々と夕食をすませると私たちは数人ずつ分散して村人の家を訪れた。訪問先は村役場が準備しておいてくれた。私もまた数人の参加者たちと一緒に一軒の蒟蒻栽培をしている家を訪れた。

別にどうという話をしたわけではない。訪問先のどこの家にも数人の村人が集まっていて、村の暮らしの話や、水源の森の役目や、それを守る人々のことや、国有林野事業の村人からみた問題点や、そんなことを談笑してきただけである。

ところが、「上野村フォーラム」の参加者たちはこの数時間の間に、強行スケジュールの疲れを解消したばかりか、すっかり山村の理解者になってしまったのである。それは山村の人々の暮らしのなかに、私たちが失ってしまった何かがあることを、誰もが知ったからだ。

もちろん高校から下宿しなければならない山村の現実や、急病人が出たときの苦労も知っただろう。

しかしそれ以上に参加者たちは、村人の客あしらいのうまさにまず驚いた。かしこまるでもなく、といって過剰にサービスするでもなく、それでいて見知らぬ来訪者を歓待するうまさ、それは村に根づいた人と人とのコミュニケーションの積み重ねが培ってきたものである。

考えてみれば都市に暮らす者たちには、企業内か、“カルチャー何とか”の人間関係があるぐらいであって、隣の人が訪れてくることもない。それが山里では毎日誰かが訪れ、お茶を飲んでいく。いわば人と人のコミュニケーションのなかに村の暮らしがあるのだということを、私たちはあらためて知った。

それはかつて私たちが村に残る古くさい部分としてとらえてきたものかもしれないが、いまでは都市の没コミュニケーション社会のほうが、よほど非人間的にみえるようになってきた。

それに村人の話のなかからもれてくる村人の人生観にも、参加者たちは感動していた。山村の自然条件、それを基盤にして、自分たちの知恵を活かし、工夫しながら生きる、そこに山里の人々の人生観があり、そして山村にはそのような場所があるのである。

もしかすると「上野村フォーラム」は、人間の暮らしを考えなおすきっかけであったのかもしれない。しかしそうだとするなら、人間的な暮らしを守ることが、森林を守る第一歩でもあるという貴重な認識を「上野村フォーラム」は得たのかもしれないのである。

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写真:中沢 和彦
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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第8回『森林フォーラム』より引用しています。
(1987年8月発行号掲載)
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